ソガイ

批評と創作を行う永久機関

創作・エッセイ

まかせた筆が描くもの

思えばここ一年、「本」や「出版」ということについて、折に触れて考え続けていたような気がする。 そのきっかけは、みすず書房創業者・小尾俊人の著作『出版と社会』(幻戯書房)を読んだことである。本書の大部分は引用が占めており、果たして純粋な「小尾…

これからの余生に向けて

先日、無事に修士論文を提出し、口述試験も終えておそらく修士課程を3月で修了することになる。 この2年、本当にあっという間だった。学部時代の4年間も短く感じたが、それと比べてもずっと時間の進みが早かった。来年度の新入生ガイダンスの話を教授がし…

2019年を振り返る

二十歳を過ぎると一年がどんどん短くなっていく、とよく言われるが、まったくもってその通りだなあ、としみじみ嚙み締める今日この頃。論文だったり進路だったりと、いろいろなことでばたばたしていたせいでもあるのだろうけど、この一年は本当にあっという…

「第29回文学フリマ東京」感想

ソガイは、スペースを間借りして配布したフリーペーパーで1回、個人での出店が3回と、計4回の文学フリマ東京に参加している。文学フリマ東京は半年に一度開催されているから、毎回参加するとなると、結構大変なのだ。打ち上げの飲みの席で半年後の計画を…

鎌倉の細道—私の「かまくらブックフェスタ」日記

今日は学校が文化祭のために休みだった。お世話になっているひとが出店側で参加していて誘われてもいたこともあり、前々から気になっていた「かまくらブックフェスタ」に出かけてきた。うちから鎌倉は片道で2時間弱かかり、まあ全然行かれない距離ではない…

たまたま見つけた美作太郎『執筆・編集・校正・造本の仕方』から

先日、大学の研究書庫に用事があって言ったとき、目当ての本を見つけたついでに、その周辺の棚もみて回っていた。そこでたまたま目に入った本があった。 『執筆・編集・校正・造本の仕方』。著者は美作太郎で、発行はダイヤモンド社。昭和26年に刊行されて…

読んで、書いて、やり直して—「夢見る少女の観客であること〜『アイドルマスターミリオンライブ!』考察〜」の、遅ればせながらの「あとがき」

www.sogai.net 君にとって一番おもしろい文章ってなに? このように問われて、私の頭にはこれまで読んできた数多の作品が駆け巡った。思わず腕組みをして、天を仰ぐ。そのとき、ひとつの答えが降りてきた。 「自分が書いた文章かも」 口にしてから、なんて身…

怒を捨てたい

経験上、「読めない期」と「書けない期」はかなり連動して起こるもので、それはやはり、読むことと書くことが不可分な行為であることの証明だと思う。 最近あまり文章を上げられていないことの言い訳なのかと言われると、まあ半分はそうなってしまうのだが、…

きっとだれかには届くと思っているから僕は書いている。

小説家になりたい。そう思い立ったのは、ライトノベルばかりを貪るように読んでいた高校2年生くらいの頃だった。おもしろい物語に触れていると、やっぱり、自分でも書いてみたいと思ってしまうものだ。 しかし、自分には圧倒的に読書量が不足していた。楽し…

積んである本について話してみる

日々本を積んでいて、一冊読み終わるまでに三冊は手持ちの本が増えているような有様、積み本がなくなることは一生ないのではないか、と思わないでもない私であるが、ここで一度、自分がどのような本を積んでいるのか、確認してみるのもいいだろう。 ところで…

即興小説(テーマ「虫」)2017年5月11日(?) 於:サイゼリヤ某店

ケンジくんとトモカちゃん 「ケンくん。今日はあっちに遊びにいかないの?」 夏休みになって毎日のようにケンジの部屋に入り浸っているトモカが、今日もスケッチブックを床に広げて十二色のクレヨンでなにかを一生懸命に描きながら、ベッドに横になって虫の…

「ナイン・ボウリング」自作解説?

www.sogai.net 三年前、校舎最上階の四階の音楽室にはふたりの卒業生がいた。そのうちのひとりである少女は、窓に背中を預け、顔だけを外に向けている。眼下には、緑、赤のパステルカラーの校庭。手には卒業証書が丸め込まれた黒い筒、腕には花束を抱えた卒…

「ナイン・ボウリング」7(宵野過去作)

www.sogai.net 思えば、あの四泊五日の旅行はたった半年前のことなのだった。それから、ふたりの関係はどのように変わっただろうか。いや、見かけとしてはそこまでの変化はない。観光らしい観光はしなかったあの旅行自体が、ほとんど日常の延長であったから…

「ナイン・ボウリング」6(宵野過去作)

www.sogai.net 小さい数字の球からポケットに入れていくのが面倒になり、とにかく台に乗っている球を弾き飛ばすことだけに熱中する姉は、台に顔を近づけ、手玉を挟んで、いま、もっとも当てやすい九番をまっすぐにらみ、ぎこちない動きでキューを前後させな…

「ナイン・ボウリング」5(宵野過去作)

www.sogai.net 三ゲーム目も終盤になると、さすがに疲労の色が隠せない。ある程度は指にかかった、腕の力と遠心力とが伝達した球を投げられるようになっていたはずだったのだが、いまや、振りかぶって振り子の最下点までいくと、そこで球はがたん、とほとん…

散歩の視線—小山清「犬の生活」

ひとは、どこを見て過ごしているのだろうか。 数年前、とは言っても、もう零よりは十に近い年数が経っているが、精神に不調をきたして外に出られなくなったときのリハビリとしてはじめた散歩が癖になって、意味もなく一駅とか二駅とか、それくらいの距離を歩…

「ナイン・ボウリング」4(宵野過去作)

www.sogai.net そんな昔の話、よく覚えているね、笠松くん。空になったジョッキを手持ち無沙汰にもてあそぶ裕里は、少なくとも表面上はいつもと変わらない調子で言った。幸人は枝豆をつまみながら、まさかこんな話をすることになるとはなあ、とこぼした。こ…

「ナイン・ボウリング」3(宵野過去作)

www.sogai.net 彼女の知識欲に驚かされ、そして振り回された経験は、一度や二度では済まない。鞄のなかは常にジャンルも内容もばらばらななんらかの書物がつまっているし、運動はそれほど得意ではないのに、突然、野球をやる、とバッティングセンターで一五…

「ナイン・ボウリング」2(宵野過去作)

www.sogai.net 姉が例の宣言をした日の深夜。自室で眠っていた幸人は、右耳にささやかれる自分の名前で起こされた。姉さん? 目を開ける前に反射的にその声の主を呼ぶと、暗闇のなかから姉の顔の輪郭が浮かび上がってきた。姉は見つめるだけでなにもいわない…

「ナイン・ボウリング」1(宵野過去作)

三年前、校舎最上階の四階の音楽室にはふたりの卒業生がいた。そのうちのひとりである少女は、窓に背中を預け、顔だけを外に向けている。眼下には、緑、赤のパステルカラーの校庭。手には卒業証書が丸め込まれた黒い筒、腕には花束を抱えた卒業生、それを見…

「優しい海」3(宵野過去作)

www.sogai.net 量は変わらないはずなのに、荷物を詰め込むのに難儀したスーツケースを引きずって、昼下がりの道を歩く。あの日、海に飛び込んだときと同じ格好をした彼女は、左耳に波の音を聴きながら、少女の生い立ちを考えようとして、やめた。たとえばい…

「優しい海」2(宵野過去作)

www.sogai.net そこに、やはり少女はまったく同じ場所、まったく同じ格好で座っていた。 「久しぶりね」 顔を向けた少女は、相変わらずの気だるい表情で、夕日の光に目を細めている。 「今日はちょっと、雲、かかっちゃってる」 「でも、これはこれで、きれ…

「優しい海」1(宵野過去作)

優しい海 飛び込んだ海のぬるさは、彼女の心臓を止めてはくれなかった。穏やかな波に揺られながら、口を開けて、降りそそぐ太陽の光を眺めていた。あきれるくらいに鮮やかな水色の空を、活気に満ちあふれた入道雲が縁取る。いままでの人生で最も美しい景色を…

「先を行く先輩(ひと)」としての青春もの〜『響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜』を観て〜

出不精かつ優柔不断なところは、自分の悪いところだと思っている。平日に時間を作れる。これは学生という身分の特権といってもよく、どうして私は、この特権を学部生時代にもっと行使してこなかったのだろうか、と後悔ばかりが押し寄せてくる。それに、私が…

迷いながら書く―小川国夫を読みながら感じたこと

先年、日本近代文学館に初めて行ってきた。「没後十年 小川国夫展―はじめに言葉/光ありき―」を観に行くためだ。私は最近、小川国夫という作家に興味を持ち始めた。そんな折にTwitterをのぞいていたら、まさに渡りに船、こんな展示が催されていることを知っ…

選択と自由について考えたこと SchoolDaysを手掛かりに

「嫌ならやめればいいじゃないか」 というような言葉を発した、あるいは聞いた経験がある方は多いのではないか。例えば、酒場でサラリーマンが会社の愚痴を知人に言ったときに。あるいは、喫茶店で友人から恋人の愚痴を聞かされた時に。確かに、ある会社に勤…

文章を読む・書くということについて、最近の私が考えていること

私が本格的に読書を生活のなかに入れるようになったのは、せいぜい五、六年ほど前のことでしかない。 まあ当たり前のことと思われるが、自分の好みを知るためには、自分が好まないものも知っていなければならない、と私は思っている。そして、ひとりの人間な…

「ジャンル」を「パラダイム」にしないために

芥川賞・直木賞の季節が、またやってきた。 正直なことを言うと、芥川賞・直木賞の候補作が発表されても、受賞作決定までにそのほとんどの作品を読むことができていない。(今回は芥川賞候補については3作品読んだ。無難、と言われるかもしれないが一押しは…

『ソガイvol.2 物語と労働』紹介

表紙と裏表紙 表紙に書いてあるようにソガイ第二号のテーマは「物語と労働」です。 紙版はB5版で80ページ、定価は500円です。 電子版もあります 目次と概要(クリックすると該当箇所の一部が読めます) 論考 次元を越えた「瓜二つ」―― 磯﨑憲一郎『赤の他人…

掌編小説「彼女」

「彼女」 恋人はいないし、作る気もない。周りにはそういっている。 二次会の誘いを断った帰り道、駅から家の間に立つ五十五本の街灯、その五十本目は、この町に移ってから五年の間、ずっと不規則なリズムで白と橙の光の点滅を続けている。四十五本目を過ぎ…