ソガイ

批評と創作を行う永久機関

宵野雪夏

「ナイン・ボウリング」5(宵野過去作)

www.sogai.net 三ゲーム目も終盤になると、さすがに疲労の色が隠せない。ある程度は指にかかった、腕の力と遠心力とが伝達した球を投げられるようになっていたはずだったのだが、いまや、振りかぶって振り子の最下点までいくと、そこで球はがたん、とほとん…

散歩の視線—小山清「犬の生活」

ひとは、どこを見て過ごしているのだろうか。 数年前、とは言っても、もう零よりは十に近い年数が経っているが、精神に不調をきたして外に出られなくなったときのリハビリとしてはじめた散歩が癖になって、意味もなく一駅とか二駅とか、それくらいの距離を歩…

「ナイン・ボウリング」4(宵野過去作)

www.sogai.net そんな昔の話、よく覚えているね、笠松くん。空になったジョッキを手持ち無沙汰にもてあそぶ裕里は、少なくとも表面上はいつもと変わらない調子で言った。幸人は枝豆をつまみながら、まさかこんな話をすることになるとはなあ、とこぼした。こ…

「ナイン・ボウリング」3(宵野過去作)

www.sogai.net 彼女の知識欲に驚かされ、そして振り回された経験は、一度や二度では済まない。鞄のなかは常にジャンルも内容もばらばらななんらかの書物がつまっているし、運動はそれほど得意ではないのに、突然、野球をやる、とバッティングセンターで一五…

「ナイン・ボウリング」2(宵野過去作)

www.sogai.net 姉が例の宣言をした日の深夜。自室で眠っていた幸人は、右耳にささやかれる自分の名前で起こされた。姉さん? 目を開ける前に反射的にその声の主を呼ぶと、暗闇のなかから姉の顔の輪郭が浮かび上がってきた。姉は見つめるだけでなにもいわない…

「ナイン・ボウリング」1(宵野過去作)

三年前、校舎最上階の四階の音楽室にはふたりの卒業生がいた。そのうちのひとりである少女は、窓に背中を預け、顔だけを外に向けている。眼下には、緑、赤のパステルカラーの校庭。手には卒業証書が丸め込まれた黒い筒、腕には花束を抱えた卒業生、それを見…

「優しい海」3(宵野過去作)

www.sogai.net 量は変わらないはずなのに、荷物を詰め込むのに難儀したスーツケースを引きずって、昼下がりの道を歩く。あの日、海に飛び込んだときと同じ格好をした彼女は、左耳に波の音を聴きながら、少女の生い立ちを考えようとして、やめた。たとえばい…

「優しい海」2(宵野過去作)

www.sogai.net そこに、やはり少女はまったく同じ場所、まったく同じ格好で座っていた。 「久しぶりね」 顔を向けた少女は、相変わらずの気だるい表情で、夕日の光に目を細めている。 「今日はちょっと、雲、かかっちゃってる」 「でも、これはこれで、きれ…

「優しい海」1(宵野過去作)

優しい海 飛び込んだ海のぬるさは、彼女の心臓を止めてはくれなかった。穏やかな波に揺られながら、口を開けて、降りそそぐ太陽の光を眺めていた。あきれるくらいに鮮やかな水色の空を、活気に満ちあふれた入道雲が縁取る。いままでの人生で最も美しい景色を…

「空気」に抵抗する言葉を求めてー宇佐見英治『言葉の木蔭 詩から、詩へ』

この本に出会うまで、宇佐見英治の名前を知らなかった。宇佐見英治著、堀江敏幸編『言葉の木蔭 詩から、詩へ』(港の人、2018年3月)。 著者略歴によると宇佐見英治は、「1918年、大阪に生まれる。詩人、文筆家。『同時代』同人として活躍、美術評論や翻訳も…

「先を行く先輩(ひと)」としての青春もの〜『響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜』を観て〜

出不精かつ優柔不断なところは、自分の悪いところだと思っている。平日に時間を作れる。これは学生という身分の特権といってもよく、どうして私は、この特権を学部生時代にもっと行使してこなかったのだろうか、と後悔ばかりが押し寄せてくる。それに、私が…

創元社版『春琴抄』(復刻版)を買って

新学期をむかえて体力的に厳しかったのか、学校から帰ってくると課題に着手して、その目処がつくと寝てしまう、そんな日々が続いていた。これを書いているいまも、正直かなり眠くて仕方ない。 先日、いつもの出張校正を早めに切り上げ、神保町に寄り道した。…

紙の本の余白

ただいま、絶賛編集作業中である。ソガイで冊子を作るのはこれで4回目。思い返すと、一号はふつうに両面に文章を印刷したものをホチキスで綴じた、モノクロのフリーペーパー、二号は、本文から表紙まで、すべてWordを使って無理やりなんとかした、手探り感…

島村利正を読んでみて

(…)昨日の晩は娘の友だちに頼まれて音楽と社会科の教科書にパラフィン紙をかけてたんですよと相好を崩す筧さんがいま私のためにあたらしくカバーをかけているのは、一九五七年に三笠書房から出た島村利正の短篇集『殘菊抄』だった。(…)函入りの『奈良登…

案外、感情って適当?

いまから三〇年以上も前、私もうつ病的な症状におちいった経験がある。(…)胃の具合も悪くなり、病院で診察してもらったところ、神経性胃炎とのことで胃薬と精神安定剤を処方された。すると一週間もしないうちに、それまでのうつ状態がウソのように拭い去ら…

ただの私的な宣言です。

忙しさを言い訳に、どうにも弛んでいる気がする。わざわざ宣言するようなことではないので滅多に言わないが、現在、私は大学院生だ。この4月から修士2年となり、予定では後期博士課程にダイレクトで進むつもりはないので、単位を落とさない限りは今年度で…

迷いながら書く―小川国夫を読みながら感じたこと

先年、日本近代文学館に初めて行ってきた。「没後十年 小川国夫展―はじめに言葉/光ありき―」を観に行くためだ。私は最近、小川国夫という作家に興味を持ち始めた。そんな折にTwitterをのぞいていたら、まさに渡りに船、こんな展示が催されていることを知っ…

もはや私小説―秋山駿『人生の検証』

この本が、Kindleで432円で読めるということに、驚きをおぼえずにはいられなかった。良い時代になったものだ、とこんなところで感じることになるとは、思いもよらなかった。 秋山駿『人生の検証』(新潮社)は、ちょうど平成に元号が変わったあたりに発表さ…

「恋愛」は日本語?「モアベター」は英語?―柳父章『翻訳語成立事情』から

明治期の文章を読んでいると、いわゆる横文字の単語がそのままの音で使われていたり、漢字の熟語のルビとして振られていたりして、いまの時代の読者からすると、少し変な感じがすることがある。 有名な例だと、夏目漱石の小説にしばしば出てくる「停車場」と…

地に足を付けるための勉強―荒木優太『これからのエリック・ホッファーのために』を読んで考えたこと

いまは、多くの大学生が卒業論文に苦しんでいる時期かと思われる。場所やゼミにもよるだろうが、まあ少なくとも二万字を越えるような文章を書く機会、というものは、そうあるものではない。 図書館に通い詰めて参考文献を読みあさったり、あるいは専攻分野に…

読書するからだで書くということ―堀江敏幸『傍らにいた人』

読書という行為は体験であり、すなわちそれは身体性が伴うものだと思っている。 それは紙の本でも電子書籍でもいいのだが、どちらにしても、読書のなかには頁をめくる手の動き、文字を追う目の動き、手に掛かってくる重みがあって、それは読書という行為から…

文章を読む・書くということについて、最近の私が考えていること

私が本格的に読書を生活のなかに入れるようになったのは、せいぜい五、六年ほど前のことでしかない。 まあ当たり前のことと思われるが、自分の好みを知るためには、自分が好まないものも知っていなければならない、と私は思っている。そして、ひとりの人間な…

『あいくるしい』歌詞考察、もしくは鑑賞?~言の葉をかき分けた先には~

私はこれまで、歌詞の考察といったものをしたことがほとんどない。いまだ詩をちゃんと読めない人間、ということもあり、歌詞考察というものはどうにも私の領分にはないのではないか、と逃げてきたところもある。 ではなぜ、いまから『あいくるしい』という、…

作品によって変わる作者の顔、それでも変わらない場所~私にとっての柴崎友香の場合~

正直なところ、柴崎友香の作品に苦手意識を持っていた時期があった。それは、芥川賞受賞作『春の庭』(文春文庫)をすぐさま購入し、読んだときにも拭えなかった。(思えば、なぜなかば読まず嫌いになっていた作家の作品を迷わず購入したのか、いまになって…

訊いてみた! 大学で学ぶ文学とは?

語り手 宵野夏雪 大学で文学を専攻。正確に言うと学部名称は文学部ではない。聞き手、全体構成 雲葉零 大学での専攻は経済学。 小説家になりたい。そう思った人は大学で文学を学ぶべきなのでしょうか。 以下、文学を専攻した宵野へのインタビュー形式でその…

「危うさ」と「きわどさ」の魅力としての、堀江敏幸『砂売りが通る』

読書の醍醐味のひとつに「再読」があることは、論をまたない。とはいえ、折に触れて何度も何度も紐解きたくなるような作品なんてものは、そうそう出会えるものではない。一般的に評価が高くても、それは、その作品が自分にとって何度も読みたくなるものにな…

野坂昭如『戦争童話集』をきっかけに考えてみる、「当事者意識」というもの

インターネットやSNS等で、だれでもどこでも、世界中の情報を得ることができるような社会になったが故に、かえって、「当事者性」といったものが持つ力が、もはや特権的とでも言えるくらいに大きくなっているように感じられる。 文芸の世界でも、これはホ…

情報化社会の極限の可能性としての、野﨑まど『know』

野﨑まど作『know』(2013年 早川書房)は、人造の脳葉<電子葉>を人間の脳に移植することが義務化された、2081年の京都が舞台の作品である。 常に周囲の情報をモニタリングしている「情報素子」を散布された≪情報材≫がいたるところに設置されており、人間…

人生の童話~『雪のひとひら』書評~

新装版が1冊と文庫が2冊、となぜか3冊持っている小説がある。(2冊目の文庫はちょっとした行き違いによるものだが。)ポール・ギャリコ『雪のひとひら』(矢川澄子訳)である。 題名通り、「雪のひとひら」と作品内で呼ばれる一片の雪の結晶を主人公とし…

遅読のすすめ~宮沢章夫『時間のかかる読書』を参考に~

どこを歩いていても書店を見つけては吸い込まれ、一時期は書店に勤めていた人間として感じるのは、相変わらず「速読」本は、ひとつのコーナーを作れるほどには店頭に並んでいる、ということだ。 なにを隠そう、私自身、高校生の頃だったと思うが、何冊かの速…