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短篇作家愛好者の苦難——中村ゆうひ「変わり刃奇譚」から

 私は小説に限らず、短篇というものが好きだ。漫画についても同様なのだが、長篇と比較したときの難点は、雑誌やWEB漫画サイトに掲載された作品が書籍化されず、読みたいと思ったときには容易には手に入らなくなっている可能性が高いことだ。なんとか雑誌のバックナンバーを入手しようにも、古いものであり、その掲載誌があまりメジャーなものでない場合には、良くてもプレミア価格で古本を手に入れられるかどうか。WEB漫画サイトでは、配信期間が過ぎてしまえばもうほとんど読むことができない。

 私にとってこの種の問題に悩まされている作家の一番手が中村ゆうひだ。同人誌を除くと、書籍化されているのは代表作『週刊少年ガール』(全3巻、講談社)のみのはずだ。私がこの作家のことを知ったのは『週刊少年ガール』刊行から少し経ってのことだった記憶がある。それ以前に書いていたらしい文芸誌『パンドラ』掲載の作品は入手が相当困難であるし、以後も、WEB漫画サイト「コミクリ!」で連載をしていたのだが(この「つたなえ」という作品についてはWikipediaにも記述が無い)、迂闊にもそれに気付いたのは公開期間が過ぎてからだった。

 故に今年5月末、ひと月ほど前に発売された時代劇画誌『コミック乱』に中村ゆうひが読み切り短篇を掲載しており、まだ定価でも入手が可能だと知ったときには、すぐにAmazonで見つけて購入した。20頁のために550円と聞くと割高のように思えるが、そもそも入手が不可能になるのが多いことを身に沁みて実感していると、むしろ安く思えるくらいだ。

「短編の名手」と紹介されたこの「変わり刃奇譚」は、江戸時代を舞台にした短篇だ。

 町人を手討ちにしようと侍が抜いた刀の刃が、梅の木に変わってしまう場面から始まる。ある日から江戸中の刀の刃が別のものに変わるようになってしまったのだという。少し不思議なことが起こるこのノリは、よく知る中村ゆうひの作風だ。

 そこから、刀が使い物にならなくなった侍と、彼が通うお茶屋の娘との対話が繰り広げられる。武士の誇りを失い、泰平の世の中では自分たちなど外見だけ立派にしていても抜身(中身)は役立たずだと言われているようだと落ち込む侍に対し、娘は、それは将軍や武士が目指した天下泰平を成し遂げたがために、「もうそんなものはいらぬのだ」とお天道さまが言っているのではないか、自分などはこの不思議な出来事に安心している、と答える。

 良い話風にまとまりかけるが、ここで娘が、故に「本当に必要なときが来れば刀もまた その刃を現してくれる」気がする、と語って、侍から預けられた刀の柄に手にかけると——。という内容になっている。

 読み直すと、最初から伏線が張られていたことが分かり、やっぱり上手いなあ、と思わされる。果たして、本作品が何らかの形で書籍化される日は来るのか。はたまた、まさかの『コミック乱』での不定期掲載が始まり、何年後かにリイド社から単行本が出る、なんて事態が起こるのか。兎にも角にも、短篇作家の作品はいまの時代にあっても、いつでもどこでも簡単に読めるものとは限らない、という意識は持っていなければならないことを再確認した。この作品だって、読むのが難しくなってから気付いた可能性もあった。コミティアの開催日にたまたま時間が空いており、そういえば中村ゆうひは出店しているのかな、と調べてなければ、この情報に辿り着いていたかどうか。初期作を読める奇跡を求めながら、次の展開を気長に待ちたいと思う。

 それにしても、なぜ時代劇? という疑問はいまだに尽きない。基本的にこの作者は現代の普通の(?)学生を描くことが多く、少なくとも時代物の印象はほとんどなかった。さいとう・たかを「鬼平犯科帳」などとは対極的なタッチの絵だと思うのだが、いったいどのような経緯で掲載を依頼されたのだろうか。

 なんだか不思議だ。そういうのもひっくるめて、妙にこの作家らしい気もする。きっとそんなところも、好きな理由なんだろう。

 ふと、初期作が載っている『パンドラ』を調べてみる。8頁の作品が載ったそれが、5000円近くで出品されているのを見つける。8頁に5000円かあ……、とさすがに尻込みしている。はてさて、どうしたものか。なんらかの奇跡が起きて、電子版でも販売してくれないだろうか、と願ってみることにする。

 

(矢馬)

 

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