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読書日記的備忘録2025年8月—新潮社問題から、二つの「解説」の比較へ〜「ヨイショ感想文」所感を添えて〜

2025年8月

 新潮社が揺れている。

 きっかけは『週刊新潮』7月31日号。髙山正之が20年以上続けるコラム「変見自在」にて「創氏改名2.0」と題し、主に朝鮮半島にルーツを持ち、日本で活躍している人々を名指しして、「日本も嫌い、日本人も嫌いは勝手だが、ならばせめて日本名を使うな」などと発言した。そこには新潮社とも付き合いのある作家・深沢潮の名前もあった。

 これを受けて深沢は8月4日に記者会見を開き、「差別感情を煽るもの」などとして新潮社に抗議。新潮社は同日に「書き手に寄り添い良い作品を共に生み出すことは私たちの重要な責務であると考えております。今回、深沢潮様の心を傷つけ、多大な精神的苦痛を負わせてしまったことをたいへん申し訳なく思っております。深くお詫び申し上げます」に始まる「謝罪」を公式サイトに掲載した。この「謝罪」は冒頭からも分かるように対象がほぼ深沢に限られたもので、そもそも深沢の「心を傷つけ」たことが問題なのか、深沢と並べて糾弾している水原希子などに対しては謝罪しないのか、これは「アップデート」の問題なのか、などかなり疑問の残る文章であるが、その評価については一旦割愛する。

 そもそも髙山のコラムにおける問題発言はいまに始まったものではないようで、おそらく苦情や抗議はこれまでも散々寄せられていただろう。それでいて20年以上連載していたにもかかわらず、「作家」に抗議されたらすぐに頭を下げるのか、とそれはそれで釈然としない(作家を始めとした出版関係者が続々と彼女への支持を表明している流れについても、思うところがないわけではない)。

 髙山のコラムは8月28日号をもって「終了」となった。その理由を著者と編集部での協議の結果、としているが、髙山は『WiLL』10月号に「女流作家に屈服した週刊新潮」なる文章を寄稿しているのを見るに、この決定に納得はしていないのだろう。髙山を擁護する気は微塵もないが、しかし新潮社の対応が、「炎上したから止めた」というその場しのぎのものであろうことは容易に想像がつく。髙山に対しても、誠実に向き合ったものとは思いづらい。後述するが、この「その場しのぎ」が最近の新潮社の根深い問題のように感じる。

 問題はまだ終わっていない。今後の取り組みとして「人種、国籍、性別などに基づくあらゆる差別に反対いたします」などとした「人権デューデリジェンスの強化方針」を掲げて間もなく、8月20日発売の新潮新書の新刊、石神賢介『おどろきの「クルド人問題」』が、これまたクルド人へのヘイトを煽るようなものだとして炎上した。

 内容は読んでないし、読む気も起きないが、それまで婚活をテーマにした単著しかないライターに、編集者が「埼玉県の川口市に暮らして、クルド人のことを取材してみませんか」と提案して始まったものと聞くと、やはり身構えずにはいられない。むろん婚活ライターが日本にいる外国人を取りあげてはいけない理由はないものの、多くの論点が入り交じる難しい社会問題となっており、SNS等では虚実混交の情報が錯綜している繊細なテーマを扱うことにはかなりの危うさを感じるし、実際、目次を見るとその危惧は余計に強まる。なぜ編集者はこの著者にクルド人についてのルポを書かせようと思ったのか、理解に苦しむ。

 ただ、問題は内容のみならず、これが炎上しかけたときの新潮社の対応にある。新潮社はそのXでのプロモーション投稿をすぐに削除したのだが、その理由等にはとくに言及しておらず、そのまま何事もなかったように発売しているのだ。やはりこれも不誠実だ。問題がないと思うのならば投稿を消さずに本書の意図をちゃんと説明すればいいし、良くなかったと気付いたのであれば削除の理由として、その旨を述べるべきだろう。そのどちらもせず、本は予定通りに販売する。髙山のコラム同様、その場しのぎと取られても仕方ない。

 遡ると、2018年には杉田水脈の、LGBTの人々は「生産性がない」などとする論考を掲載したことで『新潮45』が結果的に廃刊となった。ひとまず狭い視点で見ると、ここから始まっている気がする。ところで、このときは文芸部門が内部批判のような投稿をし、文芸誌『新潮』ではそれに伴う特集を組んだ。その際、作家や読書好きは「文芸部門は立派なのに〜」「文芸の編集者には素晴らしい人もたくさんいるのだが〜」などといった枕言葉で新潮社を批判していたが、私はこのような言い方をあまり好まない。正直に言えば、当時の『新潮』編集部の動きに、上手いこと自分たちをそこから切り離し世論を味方につける狡さを感じ、気持ちは分かるし、言っていること自体には賛成できても、しかし諸手を挙げて称賛はできなかった。

 その翌2019年、新潮社はまた炎上した。百田尚樹『夏の騎士』について、「読書がすんだらヨイショせよ」などと謳った「ヨイショ感想文」募集キャンペーンを打ち上げたのだ。百田を「気持ちよく」させた20人に1万円の読書カードをプレゼントする、とし、全身金ピカの百田のキャンペーン画像を作るなどの力の入れようだった。しかしこれはすぐに批判を浴び、開始2日で中止となった。おそらくこれは営業部門あたりが主導だったのだろうとは思われるが、しかし「文芸」の作品でこのような事態が起きてしまったことは事実だ。しかもそのときの言葉が、「多くのご意見を受け、中止とさせていただきます」(公式Twitter)「読者の方に楽しんで参加していただくための宣伝手法ですが、それを当方の意図とは違った形で、受け止め、不快に感じられた方がいらっしゃったとしたら遺憾です」(新聞の取材に対して)ときている。やはりその場しのぎ。この企画の何がどのように問題だったと考えているのか、まったく明言できていない。

 なぜこんな、見るからに醜悪な企画を止められなかったのだろうか。今回のことで、『新潮45』の反省が活きていない、という声が散見されるが、私は同時に、この「ヨイショ感想文」への批判に正面から向き合わず、その場しのぎで躱そうとしたことが、ここまで尾を引いているようにも思う。果たしてこの期に及んで「文芸部門は立派だけど〜」と無邪気に言えるものなのか。

 奇しくも、この「ヨイショ感想文」に通底するかのような出来事がSNS上で起きた。「私にあわなかった小説10選」なるハッシュタグで、自分に合わなかった小説を挙げる投稿がXで少し流行ったのだが、これに対して、作品や作家を毀損するものだ、などと批判が起こり、ちょっとした議論になった。

 あまり性格の良いハッシュタグではないな、とは思うものの、「私にはあわない」とは相当に配慮した表現ではある。少しでも消極的な意見に対して過敏に反応する読者や出版関係者の発言を見るにつけ、この程度のものですらネガティブキャンペーンだと危険視しなくてはならない出版業界の苦境が透けて見えるのと同時に、やはり現代は「ヨイショ感想文」しか求められていないのだな、と2019年の金ピカ百田尚樹の答え合わせができたような感慨も抱いた。この性格の良くないハッシュタグも、自分には合わなかったと思った小説に言及すらできない状況で勢いを借りるために、苦肉の策で生み出されたものなのかもしれない。ある意味、新潮社は時代を先取りしていたのだ。

 この問題について疑問点はまだ数多くあるのだが、身も蓋もないことを言えば、ここで行われている議論自体については他の大半のSNS上での「論争」と同じくくだらないものだと思っており、あまり長くなるのも嫌なのでこのあたりで終わりにする。

 とはいえ、今月読んだ本について私が考えたことは、上記のこととも密接に関係するかもしれない。今月、主に読んだのは2冊、ひとつが山口泉『私たちはどんな「世界」に生きたいのか 松下竜一ノート』(田畑書店)、もうひとつが尾崎真理子『大江健三郎全小説全解説』(講談社)だ。この2冊の共通点は、どちらも対象の作品集の解説を一人で担い、それを基に書籍化したものであることだ。

 大前提として、私はどちらの対象の著作にもあまり親しんでいない。大江健三郎の小説も数えるほどしか読んでおらず、それこそ「あわない」と感じることが多くて手が伸びない作家だし、松下竜一に至っては正直名前も知らなかった。

 それでも本書を手に取ったのは、一人の作家の作品を縦断的に論じる、ということのあり方に興味があったからだ。とりわけ、山口作についてはかなり松下に対する批判も込められていると聞いてもいた。著作集の解説で、果たしてそんなことがあり得るのか。そんな風に驚いていた私もまた、現代の「太鼓持ち書評文化」(荒木優太)に染まっているのかもしれない。

 山口作から行こう。松下竜一(1937〜2004)は、自費出版した歌集『豆腐屋の四季』が高く評価されたことで専業作家となり、その後は公害問題や反原発運動に取り組み、ノンフィクションや児童文学などを多く残している。本書の基となっている松下の著作集『松下竜一その仕事』は、1998年から2002年にかけて、河出書房新社から全30巻で刊行されているが、そのすべての解説を務めたのが山口だ。山口は1977年に「夜よ、天使を受胎せよ」で太宰治賞を受賞してから、小説と評論の両方で精力的に執筆活動をしている作家だ。

 山口はもともと、松下の作品を丹念に追っていたわけではなかった。そんな山口に、河出書房新社の編集者長田洋一が、松下の著作集の第一期「私小説」篇全10巻の解説を依頼。山口は松下について「明らかに私自身の価値観・世界像とは、到底、相容れない重要な懸隔が、氏と私との間には横たわっているだろうとの予感があった」ため、それを長田に伝えたところ、それでも構わない、との返事で、松下の著作に向き合うことになる。

 結果として残りの20巻についても解説を書くことになるのだが、その文章は当初の「予感」通り、松下への疑問や批判を提示する場面もしばしばとなる。とりわけ、山口が拒否する「家族」という枠組みについて、松下の筆致がそれを当然のものとして描き、「母」なるものへの讃美が窺える点については、しつこいくらいに指摘している。

 思えば、第1巻の解説はこう結ばれていた。

 そして松下竜一氏の困難な営みは、ここからどこへと向かったのか。

 いかにも——。いま、私たち読者のまえには、「生」と「変革」との一致をめざして踏み出されたはずの著者のその後の足取りの刻印された、少なからぬ著作が用意されている。(22頁、下線は引用者による)

 果たして現代の評論家でこの「はずの」の一語を記せる者がどれだけあるか。全文を読んでから振り返ると、この3文字が持つ意味の大きさに打たれる。

 また、この解説の射程は、松下作のみに絞られていない。というより、必ずしも松下の著作についての明確な梗概があるわけではなく、むしろ、「戦後文学」を始めとした文学論や、障害、死刑についての議論など、山口の問題意識が松下の作品を通じて、ときには松下の作品とどこまで関係があるのかと思うような文章を引いて論じられている。とりわけ、太宰治「走れメロス」を「『日本文学』のなかで最もくだらない、愚かしい作品」で「こうした小説が今日にいたるまで支持されてきているという事実には、単なる『文学』趣味の問題を超えて、ある意味で絶望的な日本という国の特質があるような気が」する、と強烈に批判する段には驚かされる(これほどまでに太宰を批判する者が「太宰治賞」を受賞して文筆活動をスタートさせている、というのも因果なものだ)。

 しかしそれ故に、本書は松下竜一を知らない読者にも、十分な読み応えと発見をもたらす本になり得る。それは、本書自体が、目の前の一冊を自身が引き受けて思索を広げることで、またその本の持つ意味を振り返る、という読書の醍醐味を体現しているからだ。

本を読むとは、その本に書かれていることにも、また、いま自分が生きている世界に対しても、そして自分自身に向かっても、さまざまな「問い」を重ねてゆく——質問を繰り返してゆくということではないかと、私は考えています。(556頁)

 山口が特に批判的に言及する松下の児童文学作品『5000匹のホタル』の解説の冒頭にある文章だ。だから、ろう学校「あかつき学園」を舞台にした本作の解説中で、その教員が、先天性遺伝の障害児が生まれないような組み合わせで結婚をさせ、その結果「正常児」が生まれて喜んで学園に報告するカップルがあることを自慢げに語るシーンを引用し、「私は、そうした『カップル』が果たしてほんとうに『正常児が生まれて大よろこび』していたのかどうかを、その最も深い部分で疑っています。なぜなら、それがもし事実なら、この『幾カップル』かの男女は自分たち自身の存在を——自らの人間としての尊厳を否定してしまっていることになるからです」と痛烈に批判する段において、私は中島義道『差別感情の哲学』における「ある障害者が出産を間近にして、これまではあれほど自分の障害を文化として誇っていたのに、つい生まれてくる子の五体満足を望んでしまう自分を見出して啞然とした、という内容のテレビ番組を観たことがある」という一文が頭に浮かび、当時も線を引いたこの箇所のことについて、改めて考えを深くした。

 その他、丸山真男の文章を引き合いに、福沢諭吉の『文明論之概略』を称賛する者が、しかしその後の福沢が『脱亜論』を著し、日清戦争讃美に傾いたことを切り離して評価する精神を問題視しているところ、あるいは、小林秀雄の「果たして日本は正義の戦をしてゐるかといふ様な考へを抱く者は歴史について何事も知らぬ人であります」(「文学と自分」)という発言を「尊大な道学者風の詭弁」と痛罵するところからは、ちょうど今年読んだ曾根博義『私の文学渉猟』を思い出した。『私の文学渉猟』では、凡百の戦争讃美の文章としか言い様のない小林秀雄「三つの放送」を「自意識を放棄した美しさがあり、魅力がある、問題は思想ではなく美なのだ」などと絶賛した学会での空気を曾根が批判し、「なぜ知識人や文学者の大半が申し合わせたようにほとんど同質の誠実で美しい戦争讃美の言葉を発してしまったのか、しかも、戦後はそんな戦時中の発言を自ら忘却、隠蔽することによって物を書き続けようとしたのか、そのことをよく考えてみなければならない」と主張していた。この部分は、山口作の以下のような一節と私の中で響き合う。

 たとえば「『文明論之概略』が福沢の最高傑作の一つであり、福沢の精神的気力と思索力がもっとも充実した時期の産物であることを認め」るとするなら、では、にもかかわらずそうした精神がなぜ『脱亜論』や日清戦争讃美へとむかっていったか——そこへと必然的に帰結する萌芽をそもそもの『文明論之概略』それ自体のなかに見いだす内在的な批判・検討の作業こそが、本来は要請されているのだといえるだろう。(316頁)

 本書を読む中で、なかなか難しい議論に苦戦しながらも、ところどころで自分が過去に読んだ本やどこかで見たニュース、出来事なんかが思い出されたのが良い体験だった。当たり前だが、読書は繫がる。

「さまざまな『問い』を重ねてゆく」。その姿勢から導かれるのが、山口の「保留」の文体なのだろう。「しかし、かくも優れた、読む者の魂を顫わせる思想に対しても、私はなお全面的に賛意を表するわけではない」「『赤とんぼの会』の活動に対しても、敬意は持つものの全面的には賛同できない部分を残している」「そう問われるなら、私自身はあくまで、とりあえずそうした考えには与しないでいたいと思う」——。この慎重な一文は、とりもなおさず、自分に誠実であるということだ。四捨五入、あるいは概算的に「賛成」か「反対」かに自分を位置付けないこと。いま、こうした文章に接する機会はほとんどない。しかし、もし読書に「効用」なるものがあるとすれば、この態度に他ならないのではないだろうか。

 自身の仕事の集大成なる著作集の解説にて、痛烈な批判がなされながら、しかし評者に対してなにかしらの要望を出すことはなかったという松下、そして自由に書かせた編集者という、各々の覚悟によって生まれた稀有な一冊から私が受け取るのは、読書という営み、そしてそれを通してほかでもない「私」が考え続けること、そのものである。

 もう一冊、大江健三郎(1935〜2023)を扱った尾崎作について触れるのは、正直気が重い。白状すると、私は本書を読み切れなかった。最後の方は流し読みになりながらも、しかし7割ほどのところで断念してしまった。それ以上読み進めるのが苦痛だったのだ。

「はじめに」の冒頭から嫌な予感はしていた。

 大江健三郎。その名を口にするだけで、場の雰囲気が緊張する。この作家への距離が、価値観を測る決め手となるのを私たちは知っている。団塊の世代からの上の年代は言うに及ばず、文学に関心を持つ男性の思い入れはそれぞれの年代で強く、冷静な会話は成り立ち難い。二〇二〇年代に活躍する若い小説家にとっても、今なお最も破壊的な技法の先導者として、畏敬の対象であり続ける。一方、この作家を長く遠巻きにしてきたはずの女性たちが、いつのまにか大江の長編を、エッセイを、密かに純粋に愉しみ始めているのもまた、今の時代の象徴だろう。

 礼讃の色が匂い立つ。そして述べられる本書の方針は、「梗概(あらすじ)をほぼすべての作品について結末まで書き、登場人物や状況設定、創作当時の時代背景、作者が置かれていた環境等々、読解の手がかりをできる限り盛り込」むこと、「ひとつの長編に関連する他の作品、人物、エピソードについてもかなり説明を加え」ること、「独創的な読み取りや評価を与えた歴代の批評家の仕事も、積極的に援用」すること、「とはいえ、作者自身の言葉がもっとも率直で正確な批評だった例も多く、『小説の方法』をはじめとする自身の文学論や発言も、大いに引用」すること。

 実際にその通り、本書は概ね、大江の当時の状況→作品の詳細な梗概→それについての当時の評論・大江自身の発言→著者によるまとめ、という流れで論が進められていく。予想以上に大江自身の言葉を引用している箇所が多く、印象としては、大江小説受容史を並行させた、大江の伝記といった趣だ。

 小説の読解において、果たしてどこまで著者自身の言葉を援用して良いものなのかと疑問を持つのだがそれはともかく、「独自の個性で月のように輝く名品」などの過剰な称賛には、少々鼻白む。また、大江がいかに「未来を予言してきた」かを折に触れて繰りかえし論じているが、私はこの「文学が予言する」的な言説に懐疑的であり、そのような文学の受容には、どこか文学を「文学」そのものから遠ざけるようなものを感じることもある故、なかなか飲み込みづらかった。

 特に嫌だったのは、山口昌男『文化と両義性』の一節を引き、「大江の短編のために書かれたような文章」と喩えたところだ。事実、大江は『文化と両義性』に影響を受けたと公言しているし、文章としてはあくまで比喩で、ちょっとしたレトリックなのはもちろん承知している。しかし、ここまで大江中心の書き方でいいのだろうか、と疑問も覚える。このような表現は散見され、全体的に「大江神話」をなぞり、補強しているように感じられる。すべてが大江に収束していく筆致なのだ。

 次第に長編を扱うようになって、あらすじも長くなってくる。こうなると、(もっとも、それは私の読む動機が悪いのかもしれないが)大江そのものにはさほど興味がない私にはページを捲るのがつらくなってくる。明確な尾崎の言葉があまりあるように思えず、尾崎独自の論である「ギー兄さん=柳田國男」説が提示される箇所では却って、急に個が現れてきて不意を突かれたように感じたくらいだった。おそらく「解説」としては正統的な方針で書かれており、作品集の後ろについているものであればそこまで違和感なく読めたのかもしれないが、独立した一冊の本として読むとなると私には厳しく、断念することとなった。

 この2冊は、たとえば以下の二つの点で好対照となっている。

 ひとつは、どちらも対象の存命中に書かれたものであるが、尾崎は大江にインタビュー等もして直接やりとりをしたことがある一方、山口は松下といちど短い手紙をもらったくらいで、直接顔を合わせたことはない、ということ。これはどちらが良いと一概に言えるものではないが、しかし直接話してしまうと、人情としてなかなか厳しい批判ができなくなる、というのは文学に限らずよくあることだろう。実際、尾崎作は各方面にどこか気を遣っているように感じられた。

 もうひとつは、バラバラに掲載された解説を一冊の本にするにあたり、山口は「相当程度の削除と最小限の加筆」を施しているのに対し、おそらく尾崎の方は加筆に重点が置かれている、ということ。山口の削除は、主に松下評からは外れすぎるところを割愛したものだ。そして尾崎の加筆は、想像するに、全集の後ろについているのであれば不要である詳細な梗概などがそれにあたるのではないか。これもまた難しい問題なのだが、私の経験則では、一度は完成している文章に新たな情報を追加していくと、丁寧になったように見えて実は冗長になりがちである。

 それでも一般的に求められる「解説」は尾崎作であり、そして現場に喜ばれるのも尾崎作だろう。あるいは、現代の言論風景のなかで読者が違和感なく、安心して読めるのも尾崎作である。大江の作品、生涯、当時の大江作品を巡る状況を、称賛に偏るきらいはあれども、しかし端的にまとめていることについては、たしかに認められる。これとて、決して容易なことではない。

 だが、この肯定の空気に満ち満ちている時代において、果たしてそれだけでいいのか。ましてや大江は、文芸誌などで特集が組まれたときの作家たちの言葉にも顕著だが、放っておいても皆が称賛・崇拝する(ことになっている)存在である。皆が褒めているものを、同様の文脈のなかで褒めるのはつまらない。これは、批判しろと言っているのではない。

『新潮』における三島由紀夫の扱いについても、同じことが言える。2020年に没後50年特集を組んだかと思えば、2025年には生誕100周年でまた大きな特集を立てる。このときは新潮文庫の三島作品をプリントしたTシャツなどのグッズも展開しておりさすがに食傷気味なのだが(あの批評性の欠けた商魂しか感じられないグッズを見て、それでもまだ、新潮社の文芸は立派なのに、などと言い切れるものだろうか)、作家達を中心とした三島の神格化にも、この大江讃美と同じものを感じる。百田の「ヨイショ感想文」のときは多くの作家も批判を表明していたが、果たして現代作家たちがそこからどれほどの距離があるのかどうか、疑問にも思う。

 もちろん、皆が山口のような文章を書けとは言わない。第一、総頁数353の本に、68頁、字数にして6万2000字の解説を載せるというのは、それを認める編集者の存在も併せて異例中の異例だ(それを本書に入れるに当たって半分近くにまで刈り込んでいるというのも驚きだが)。もはや奇跡と言ってもいい。だが、称賛一辺倒な書評や推し語りに慣れきってしまった者には、こういう論じ方も十分にあるのだと知って損はない。繰り返すが、批判すればいい、という問題ではない。自分を概算せずに相対してはどうか、と言いたいのだ。

 いま、新潮社は集中砲火を浴びている。当然のことだ。一方で、しかし新潮社をこっぴどく糾弾する者のなかに、新潮社がこうした事態を巻き起こしてしまった根底にある精神性、態度において、実は共通するものを持っている者は案外多いのではないか。各々がそこに目を向けない限り、近く、また同じようなことが出版業界から起こっても不思議ではない。いや、おそらく近いうちに起こるだろう。

 当然、こんな予感は外れた方が良いに決まっている。私は自分の文章が予言になることよりも、杞憂で終わることを強く望む者である。

 ここ最近はずっとなにかを批判しているからこう言っても説得力がないかもしれないが、本当は明るい話がしたいのだ。今月も疲れた。もう休みたい。簡単に、先月の芥川・直木賞騒動にも少し関係する話をして、今月の読書日記を終わることにしよう。

 尾崎作でもうひとつ気になる点は、大江がそのときにどんな賞を受賞したかが事細かに書かれることだ。それだけ多くの賞を受賞していることは事実なのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、これも大江の権威を補強する描写に見えて正直くどいし、そんなに賞って作品の解説において重要だろうか、と思う(これが、本書が大江の伝記のように思える理由のひとつだ)。

 一方で、山口作には最後、このような文章が出てくる。

「吉川英治文化賞」がほんとうに、著者・松下竜一氏の書くような「〈日本の文化のはってんにつとめた人〉だけにおくられる、とっても名誉な賞」(「エピローグ」)であるのかどうか——一体に「賞」というのがそもそもどういうものであるのかという問題もあるのですが(後略)(674頁)

「賞」というものについて、もうすこし醒めた目から見た方がいいのではないか、と改めて思った次第である。

(矢馬)