2026年3月
正直なところ、私は別にAmazonで本を買うことをそこまで忌避していない。そりゃあできることなら本屋で買いたい気持ちはあるが、新刊書店ですぐに手に入れられる本はそんなに多くない。売れ筋はまだ良いが、そんなに数を刷らない本や専門書は、1年、あるいは数カ月もすれば棚から姿を消す。そもそも入荷しないことだってある。取り寄せをお願いしても時間はかかるし、そもそも本当に入ってくるかどうか分からない、ということもざらだ。そんなときにパッと開いてみたAmazonで在庫があれば、注文をするなと言う方が酷である。三省堂書店神田神保町本店がリニューアルオープンしたが、本書店に限らず、新しい本と売れ筋の本ばかりを展開していながら、「本は本屋で買って応援しよう」と言われても困るというものだ。
だが、それでも本屋は素晴らしい場所だと思う。AmazonやSNSの投稿を追っているだけでは生涯知らずに終わったであろう本に出会う可能性を秘めているのは、やはり文学も自己啓発本も実用書も、そして児童書も、「棚」という場所に等しく挿されている本屋という空間が一番だと思うからだ。
同人3人で6時間をかけ、ジュンク堂書店池袋本店の全10フロアを回る会を開いた。本当は6時間でも足りず、最後は結構駆け足になったのだが、そのなかで、大袈裟ではなく、ここ数年で最も衝撃を受けた本に出会った。やまもとふみ作・那流絵『初恋タイムリミット』全5巻(ポプラキミノベル、2023〜2025年)は、2021年に創刊された児童向けレーベル「ポプラキミノベル」から出ている小説作品で、対象年齢は「小学校中学年から」となっている。小学生6年生の男女を主人公としたラブコメディで、アニメチックなキャラクターの挿絵が多数挿入されており、ライトノベルのようだ。
驚いたのは、この作品のテーマが「地球温暖化」であること、そして、そこにかなりまっすぐに、相手が子供だからといって綺麗事に終始せず、誤魔化さずに現実を突きつけながら一緒に取り組もうとしていることだ。
主人公は小学校6年生の上野真帆。思っていることを口に出してしまう癖のあるおっちょこちょいな女の子で、同じクラスの日比谷彩都に片想いをしている。
その日、真帆たちは校外学習で、学校から少し離れた初戀川沿いの公園に来ていた。授業の内容は地球温暖化。地球のためになにができるか考えてみよう、と担任の高輪先生に問われ、自分たちにできることなんてこれくらいかな……、とゴミ拾いをすることになる。ゴミ拾いなんて面倒だ、と嘯くクラスメイトを彩都は窘め、その姿に感動する真帆だったが、彩都がペットボトルのラベルを剝がさずにごみ袋に入れているのに気付く。本来は分別すべきであることを知っている真帆だが、2カ月前のバレンタインデーでチョコを渡したときに振られた(と思っている)真帆は彼に声をかけづらく、それをスルーしようとする。そのとき、「あなたたちのせいだから!!!」という女性の叫び声がして、夢の世界に意識が飛ぶ。そこは教会で、真帆は新婦の視点に立っている。外は異常気象で、1週間雨が降り続けているという。そんななかで誓いの言葉を交わし、新郎から指輪を受け取ろうとしたその瞬間、土砂崩れが発生して教会は土砂に飲み込まれる。
夢から覚めると、真帆の腕には砂時計の形をしたスマートウォッチのような腕時計がついていた。だが、それは他の人には見えない。ひとり、同じ腕時計をつけて、呆然として真帆を見つめる彩都を除いて。
彩都はすでに何度もこの夢を見ているという。時計には現在時刻のほか、「20390415 14:30」との表示がある。彩都が考察するところによると、夢のなかの人物は未来の自分たちであり、教会はこの公園に2年後に完成予定のものである。そして、時計の数字はあの災害が発生する日時を指し示している。すなわち13年後に、自分たちはあの災害に巻き込まれるのだと(なぜか真帆は、自分が視点に立っている花嫁を自分とは別の人間だと思い込んでいるのだが)。
その惨劇を回避するにはどうすればいいか。二人は災害の原因を、地球温暖化による異常気象だと考え、温暖化を食い止めて未来を変えるために、さまざまなアイデアを実行に移していくことになる。
だが、その道のりは厳しい。地球規模の現象に一個人、ましてや小学生ができることは少なすぎる、というのももちろんだが、一番大きいのは人間の心の問題だ。二人はこの問題に、真っ先にぶつかることになる。最初に思いついたこととして、温室効果ガスの量を減らそうと、学校のすべての教室の冷房の設定温度を26度から28度に上げる。だが、あまりの暑さからクラスメイトに不満をぶつけられ、かえって26度以下にまで下げられてしまうのだ。生きるか死ぬかの問題なのに、と嘆く真帆に対し、同じ腕時計をつけた(が液晶は映っていない)校長は同意しつつ、それでも「つらいことは続いていかない」とアドバイスを送る。これは持続可能性の問題で、シリーズを通して論じられるテーマともなっている。
地球温暖化を食い止めるという目的に鑑みたとき、冷房の設定温度を上げることは「正しい」。そして、環境問題に取り組むこともまた、一般的に「正義」に適った行動と言えるだろう。だが、冷房の設定温度を「適正に」変える。「意識の低い」人に文句を言う、と言ったとき、この「適正に」や「意識の低い」は主観であり、相手にとっては一方的な押し付けになる。作中では「北風と太陽」の話が比喩として用いられているが、強い風を吹きつけることは、かえって相手を頑なにさせることもある。持続可能であるためには、自分一人だけでは駄目だ。多くの人に繫がっていく必要がある。そのためには「正しい」ことをすればいい、というわけではない。これは環境問題に限った話ではなく、いま世の中で多くのことに当てはまるものだ。そんな綺麗事では済まない現実についても、この作品は随所で考えさせる。子供向けに書いているが、読者を子供扱いはしていない。
また、文章だけでは分かりにくい部分については図による説明で理解を促し、その問題に取り組むために有用なアプリの存在も教えてくれる(2次元コードまでついている)。そして巻末には、ソーラークッカーやグリーンカーテンなど、作中で用いられたエコ活動を実践するための手順を載せている。あとがきを読むと、作者もまた、そのエコ活動を自分でやってみているようだ。読者の同じ視線に立っている姿も好印象だ。
奇を衒わずに、物語を楽しんでもらいながら読者を啓発をしようとする姿勢が清々しい。活動のPR活動がテーマの巻では、もしかしたらいま最も重要な意識のひとつである情報リテラシーについても理解を促す。結果として真帆たちの活動は成功するのだが、その裏で炎上した迷惑系YouTuberを描き、真帆たちの活動もその危険と隣り合わせであったと忠告するのを忘れない。
そうか、現代にはこういう小説もあるのか、と改めて「本」の持つ懐の深さを痛感した。上で、子供だからといって誤魔化さず、と言ったが、むしろ子供相手だからこそ誤魔化しは利かないのかもしれない。翻ってみると、最近の一般向けの本の御為ごかしたるや。見え見えのおべっかに喜んでいる人々を見ていると、案外、大人の方が簡単に誤魔化せるものなのかもしれないと思わされる。
ところで、本シリーズでは、少しだけではあるが量子力学の話が出てくる。先月中心的に取りあげた『さくらの雲*スカアレットの恋』でも、量子力学の多世界解釈や重ね合わせの理論が重要なギミックとなっていた。連続して触れた、まったくジャンルの違う二つの作品がどちらも量子力学を話に用いていることが面白く、そこで、なんとなく聞いたことはあるがちゃんと学んだことはないこの学問について少し知りたいと思い、入門的な書でありそうな和田純夫『量子力学の多世界解釈 なぜあなたは無数に存在するのか』(ブルーバックス、2022年)を読んでみることにした(本屋では『初恋タイムリミット』4、5巻とこの本を一緒に買ったのだが、客観的に見ると異様な組み合わせである。しかしながら、これが総合書店の良いところだ、と私は思う)。
難しいところはあったが、それでも分かりやすく説明されており、たとえばこれまで一緒くたにしていたコペンハーゲン解釈と多世界解釈の違いについて、ある程度理解できた気がする。新書とはかくあって欲しい、という作りだ。
それにしても、よくもまあこんなことを考えるものだ、とシュレーディンガーをはじめとした学者には頭が下がると言うか、ある意味では呆れる思いもする。そして、量子力学の射程が全世界の現象に及ぶことを丹念に説明され、だから創作においてもこれだけ利用されるのか、と納得させられた。読みさしになってしまっているフィリップ・フォレスト『シュレーディンガーの猫を追って』を最初から読み直そうか、と思いはじめたところだ。
そんなことを思いながら、海面上昇が進んで人が流出して人口が大幅に減少した街を舞台に、長年盆栽園の管理をしているアンドロイドと、この街に残る中学生の少女の、盆栽を通じた心の触れ合いを描いた火事屋『盆百千栽 人類の寿命はたかだか100年ですが機械の私は1000年生きられるのであなたが居なくなってもこの場所で一人生きていきますからご心配なく』(講談社、全3巻、2024〜2026年)の最終巻を読んでいると、「特殊および一般相対性理論」の話が出てきた。アインシュタインによって発表されたこの理論は、のちの量子力学をはじめとした現代物理学の基礎となっている。アインシュタインは量子力学における量子もつれを否定しているものの、『量子力学の多世界解釈』でも何度も名前が出てきているように、量子力学を考える上で非常に重要な人物である。どうしてこうも付き纏ってくるのか。いくら量子力学が全世界の現象に及ぶものであるとしても、ここまでくるとさすがに気味が悪くなってくる。いや、別に構わないのだが。
仲俣暁生『鍵のかかった部屋はいかに解体されたか?』(破船房、2025年)は、探偵小説をテーマとした評論集。宮部みゆき、米澤穂信、堀江敏幸、柴崎友香、という作家が、探偵小説を補助線として並ぶ様が興味深い。この中だと宮部みゆきはそこまで読んでいる訳ではないが、それでも私の好みと合っている。だが、それを探偵小説という視点から読んだことはあまりない。取りあげられた作品をはじめ、これらの作家の作品を改めて読んでみたくなった。読みたい本がどんどん増えて、困ったものである。
映画はあまり観られなかったが、観たものについては印象に強く残る作品だった。
『遠い山なみの光』は、カズオ・イシグロの同名小説を原作とした映画。正直なところ、私はカズオ・イシグロに若干の苦手意識がある。ちょっとうまくできすぎている、とでもいうのだろうか。だが、映画の方はそのウェルメイドな部分を引きつつも、全体的にもっと不穏、宙づりの状態が漂い、引っ張られ続ける。おそらくこれは信頼できない語り手なのだろう、ということを、言葉よりもショットで匂わせる。また、カメラワークを巧みに用いて登場人物たちが置かれている状況を説明しきる冒頭は圧巻だ。
スティーヴン・スピルバーグの長篇デビュー作『激突!』は、荒野のハイウェイを舞台に、普通のサラリーマンが商談から帰る際に追い抜いたタンクローリーによって執拗に追い回されるというスリラーであり、煽り運転カーアクション映画(?)である。カーチェイスとしてはかなり地味な画なのだが、90分のうちほとんどを占めるこの追いかけっこには、しかし目が離せない怖さがある。主人公があまりにも不憫で感情移入してしまい、命懸けの勝負を決意する段に至っては、こちらの手にも力が入る。決着後の歓喜から一転、岩壁で項垂れる姿の寂寥感が忘れられない。
最後まで顔が分からないタンクローリーの運転手が、あまりにも不気味だ。なぜここまで執着するのか、何を考えているのかが分からない。この不気味な怪物性に『ジョーズ』の源泉を見た気がした。
(矢馬)