ソガイ

批評と創作を行う永久機関

「ナイン・ボウリング」3(宵野過去作)

www.sogai.net 彼女の知識欲に驚かされ、そして振り回された経験は、一度や二度では済まない。鞄のなかは常にジャンルも内容もばらばらななんらかの書物がつまっているし、運動はそれほど得意ではないのに、突然、野球をやる、とバッティングセンターで一五…

「ナイン・ボウリング」2(宵野過去作)

www.sogai.net 姉が例の宣言をした日の深夜。自室で眠っていた幸人は、右耳にささやかれる自分の名前で起こされた。姉さん? 目を開ける前に反射的にその声の主を呼ぶと、暗闇のなかから姉の顔の輪郭が浮かび上がってきた。姉は見つめるだけでなにもいわない…

「ナイン・ボウリング」1(宵野過去作)

三年前、校舎最上階の四階の音楽室にはふたりの卒業生がいた。そのうちのひとりである少女は、窓に背中を預け、顔だけを外に向けている。眼下には、緑、赤のパステルカラーの校庭。手には卒業証書が丸め込まれた黒い筒、腕には花束を抱えた卒業生、それを見…

「優しい海」3(宵野過去作)

www.sogai.net 量は変わらないはずなのに、荷物を詰め込むのに難儀したスーツケースを引きずって、昼下がりの道を歩く。あの日、海に飛び込んだときと同じ格好をした彼女は、左耳に波の音を聴きながら、少女の生い立ちを考えようとして、やめた。たとえばい…

「優しい海」2(宵野過去作)

www.sogai.net そこに、やはり少女はまったく同じ場所、まったく同じ格好で座っていた。 「久しぶりね」 顔を向けた少女は、相変わらずの気だるい表情で、夕日の光に目を細めている。 「今日はちょっと、雲、かかっちゃってる」 「でも、これはこれで、きれ…

「優しい海」1(宵野過去作)

優しい海 飛び込んだ海のぬるさは、彼女の心臓を止めてはくれなかった。穏やかな波に揺られながら、口を開けて、降りそそぐ太陽の光を眺めていた。あきれるくらいに鮮やかな水色の空を、活気に満ちあふれた入道雲が縁取る。いままでの人生で最も美しい景色を…

「空気」に抵抗する言葉を求めてー宇佐見英治『言葉の木蔭 詩から、詩へ』

この本に出会うまで、宇佐見英治の名前を知らなかった。宇佐見英治著、堀江敏幸編『言葉の木蔭 詩から、詩へ』(港の人、2018年3月)。 著者略歴によると宇佐見英治は、「1918年、大阪に生まれる。詩人、文筆家。『同時代』同人として活躍、美術評論や翻訳も…