ソガイ

批評と創作を行う永久機関

書評

読書日記的備忘録2025年8月—新潮社問題から、二つの「解説」の比較へ〜「ヨイショ感想文」所感を添えて〜

2025年8月 新潮社が揺れている。 きっかけは『週刊新潮』7月31日号。髙山正之が20年以上続けるコラム「変見自在」にて「創氏改名2.0」と題し、主に朝鮮半島にルーツを持ち、日本で活躍している人々を名指しして、「日本も嫌い、日本人も嫌いは勝手だが、なら…

読書日記的備忘録2025年7月—「推し語り」とはなにか。それはそれとして、松田舞作品についての雑感

2025年7月 今月の関心事といえば、やはり参院選になってしまう。大躍進を遂げた参政党について、私はよくある泡沫政党のようにしか思えていなかったので、今回の選挙が始まる前あたりからの報道でここまで支持を集めていることを知って心底驚いたものだった…

読書日記的備忘録2025年6月—戦争、歴史、そして終電

2025年6月 先月から続いていた喉の不調はようやく解消されてきた。3カ月ぶりに有給休暇も取ったし、1泊2日の軽いものではあるが茨城県水戸市に旅行にも行った。梅雨明け前のまだ6月とは思えないような暑さでぐったりしたり、目の前に落ちるオオスズメバチと…

読書日記的備忘録 2025年5月—難しいものである。

2025年5月 久米田康治『かくしごと』(講談社)の主人公は週刊誌で連載をもつ漫画家だが、年末年始の休みになると決まって体調を崩すという。それまで気を張り続けていた反動で、無理やり押し込めていた心身の疲労が一気に押し寄せるが故の現象だ、そんな風…

読書日記的備忘録 2025年4月—エッセイ/批評の時代

2025年4月 人類の歴史に精通しているわけではないのでそれを専門とする人間からすれば浅い認識と言われるかもしれないが、実感として、現代ほど人間が自分のことを語り、それを公に広く発表することが日常になった時代はないであろう。 自分、そしてその生活…

読書日記的備忘録 2025年3月—読んでいる/読んでいないの間で

2025年3月 本を読むとは、かくも大変なことかと改めて思い知る。 いくつかやらねばならぬことが重なるともう本を手に取る気力は起きないし、なにもなかったらないで、もう少し軽く時間を潰せるものに手が伸びる。 読書をしない人々を見て嘆く読書家が見落と…

読書日記的備忘録 2025年2月—本・文学と覚悟について

2025年2月 芥川賞に関心を持たなくなって久しいが、相も変わらずSNSではこの時期になると、文学周りので「論争」が巻き起こっているようだ。 今回の受賞者のひとりである安堂ホセは、過去に『IRREVERSIBLE DAMAGE』(KADOKAWAが邦訳の刊行を予定していたがト…

読書日記的備忘録 2025年1月—遅れた初詣〜抑制とユーモア

2025年1月 年末にインフルエンザを発症し、数日間、床に臥しているといつの間にか年が明けていた。 当たり前のことであるが、元気がない時に本を読むのは難しい。辛いときには最低限のことしかできない。これは即ち、本というものは読まなくても死にはしない…

読書日記的備忘録 2024年12月—空白、物語、「好き」ということ

2024年12月 10月末、自分への30歳の誕生日プレゼントとしてiPadを買った。外で作業するための道具として考えていたのだが、いまのところはそれ以上に、Kindleで漫画を読むのに使っている。だいぶ前にKindle専用端末も買っていたのだが、頁のめくり方などがど…

荒木優太『文芸時評傑作選』書評

昨今、主に著名人に対するSNS等インターネット上での誹謗中傷が社会問題として盛んに議論されている。これが由々しき問題であることにはまったくの同意であるが、その一方、しかし——いや、それゆえにというべきかもしれないが——私が最近強く感じるのは、どこ…

物事、とりわけ好きな/嫌いなことを論じる難しさ—『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』メモ

三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)は、社会人となってから本を読まなくなってしまったことにショックを受け、3年半後に本を読むために退職、現在は文芸評論家として活動している著者が日本の近代以降の労働史と読書史を並べて…

「そうするよりほかに手立てがないじゃないか。」ー『事実を集めて「噓」を書くー心を揺さぶるスポーツライティングの教室』書評

ここ1年ほど、スポーツ記事をよく読むようになった。特に『Number』なんかは手持ち無沙汰でウェブの記事を適当に覗いたりするのだが、それほど長いものではないものの、中にはかなりの充実感を覚えるものもある。特定の選手にフォーカスしたものが特に好きで…

「本が物質であるということ」

『アイデア』402号(誠文堂新光社)の特集「小さな本づくりがひらく 独立系出版社の営みと日本の出版流通の未来」を読んだ。 7つの出版社へのインタビューと4つの論考、そして7人の選者によるブックリストと、かなりのボリュームがある。本旨についていろい…

「本」への信頼——書評『本屋で待つ』

本以外のものも売る「複合型書店」が増え始めたのは、2000年代中盤から2010年代初頭あたりのことだろうか。代官山蔦屋書店がオープンしたのが2011年末とのことで、その辺りからこの複合化の勢いが加速していったようだ。1994年生まれの私が意識的に本を読み…

文庫化で削除される初出情報から—堀江敏幸『オールドレンズの神のもとで』文庫版あとがきから

日本の出版においては、最初に単行本で刊行されて、数年経ってから文庫本として刊行される文学作品やエッセイは多い。 主となる中身自体は基本的に単行本でも文庫本でも大きく変わるわけではない。新刊が出ると、文庫になるまで待とうかな、といった声がとこ…

「書評」再考—漫画8作品の感想

決して本を読んでいないわけではないのだが、最近は「そもそも本って、『読まなきゃいけない』ものなのだろうか」という根本的な疑問が湧いてきて、それこそ無理して読もうとしなくなった。読みたいとき、より厳密に言えば、読まずにはいられないときに初め…

コミティア・中村ゆうひ・「印西あるある物語」—物語と表現について

友人が出店側として参加するということで、初めてコミティアに行ってきた。 高校生のときに一度だけコミケに行ったことがある以外では、文学フリマ東京以外に同人誌即売会系のイベントに参加したことはなかったが、文フリと比較して、東京ビッグサイトという…

速読へのコンプレックス——『本の読み方 スロー・リーディングの実践』批判

私はかつて、「遅読のすすめ」と題して、宮沢章夫『時間のかかる読書』を紹介したことがある。 www.sogai.net 速読に対するちょっとした違和感についても書いていて、いま読みかえすと少々読書というものを神聖視しているような感じもあり、かなり恥ずかしい…

「素人」の写真、「二流以下」の読書人—『野呂邦暢 古本屋写真集』

大学、大学院と文学系の学部やサークルに身を置いてきたゆえに、私の周りには本を好んで読む人が非常に多い。しかし、そのなかでも古本を好んだり、古書店巡りを趣味にしている人は案外少ない。 通っていた大学の辺りは全国でも有数の古書店街であり、少し足…

ZINE紹介 『よくわかる出版流通の実務』『あの本屋のこんな本 本屋本書評集Ⅰ』

新刊はないし、仕事もあるしで、出店側としても客側としてもほとんど参加できなかった文学フリマ東京であるが、前情報から、これは絶対に欲しいと思っていた本があった。 H.A.B ZINE seriesから、『よくわかる出版流通の実務』と『あの本屋のこんな本 本屋本…

筆まかせ10

吉本隆明・蓮實重彥・清水徹・浅沼圭司『書物の現在』(書肆風の薔薇、1989年) 9人の連続講義「書物の現在」から4人の講義を文字に起こした講義録。 浅沼、清水が出版原理について、蓮實、吉本が雑誌製作の現場について話している。 やや古い本ではあるが、け…

筆まかせ9

いままでに何度も試みては失敗・挫折している読書ノートを、性懲りもなくもう一度始めてみようと思う。というのも、読書量が減っていることに少し危機感を覚え始めたからだ。時間がないといえばないのだが、だからといって皆無なわけではまったくなく、読書…

労働者であるための「表現」——川崎昌平『労働者のための漫画の描き方教室』

労働というものを批判する言葉は、軽口のようなものから理論的なものに至るまで無数に見られる。正直なことを言えば、私だって働かなくてもいいものなら働きたくはない。労働の必要がなければ自由な時間が取れてもっといろいろなことができるのにな、と思う…

漱石と子規の「硝子戸」

日本で「文豪」と言えば真っ先に名前が挙がるのは、おそらく夏目漱石だろう。もはや死語になっている感もある「国民作家」という呼称を与えることに特に異論は覚えない漱石だが、その作品は、現代の読者からすれば必ずしも読みやすいものではないと思うのは…

個人的2020年の10作品(矢馬潤)

いろいろあった2020年、「ソガイ」としてはそれほど多くの活動ができたわけではない。5月に「ソガイ」の第五号を刊行、その後、7月に「ソガイ〈封切〉叢書」を勢いで開始し、先日第三号まで刊行することができた。現状、その執筆者は矢馬のみとなっているが…

本というもの——山中剛史『谷崎潤一郎と書物』「序にかえて」から

もしかしたらどこかで言っていたかもしれないが、私の学部、修士を通じての研究テーマは谷崎潤一郎だ。もともとは谷崎と芥川の、いわゆる「〈小説〉の筋」論争に興味をもったところから始まった。それは大学2年生くらいのことだったと思うが、当時の私は「小…

男性作家/女性作家棚—エドゥアルド・ガレアーノ『日々の子どもたち——あるいは366篇の世界史』から

BOOTH以外の販路も開拓していく、と宣言してからだいぶ時間が経ってしまったが、ようやく1軒、書店に自分たちが作った本を置いてもらうことになった。 地元の小さな書店、向島の「書肆スーベニア」さん、こちらに「ソガイvol.5」を3冊置いてもらった。文学フ…

「日常」の記憶に生き続ける—金子直史『生きることばへ—余命宣告されたら何を読みますか?』

「余命宣告されたら何を読みますか?」 この副題に、私の目は止まった。もともとべつの本を買うつもりで書店に来ていたのだが、目当ての本の近くにささっていた金子直史『生きることばへ』(言視舎)を手に取って開く。「まえがき」の冒頭に、私は引き込まれ…

自己啓発としての『在野研究ビギナーズ』

www.sogai.net 『これからのエリック・ホッファーのために』を在野研究の理論編だとすれば、この『在野研究ビギナーズ』は実践、実例編ということになるだろう。本書は、現在進行形で「在野」から研究を行っているひとたちの文章やインタビューをまとめてい…

散歩の視線—小山清「犬の生活」

ひとは、どこを見て過ごしているのだろうか。 数年前、とは言っても、もう零よりは十に近い年数が経っているが、精神に不調をきたして外に出られなくなったときのリハビリとしてはじめた散歩が癖になって、意味もなく一駅とか二駅とか、それくらいの距離を歩…