ソガイ

批評と創作を行う永久機関

矢馬潤

葉々録 2026年5月—卓球と再読、積読について

2026年5月 なにも無かったが故にいろいろあった文学フリマ東京が終わってから、しばらくは過去の自分の文章を読み漁り、いくつかピックアップしたものの手直しをおこなっていた。まだひとつ大物が残ってはいるが概ね順調。今後、これとは別の案件を複数抱え…

第2期、始動(?)

文学フリマ東京が終わると毎度なにかしら文章を書いていた気がするが、今回はたぶん書かない。念のために言っておくと、文学フリマが変わってしまっただとか、小サークルには厳しくなっただとかなどと不満があるから、というわけではまったくない。純粋に私…

葉々録 2026年4月—いま、再びの出版論へ

2026年4月 時事問題には触れないと言ってきたが、いまの国際情勢を前にしてそれを貫くことができるのか、それが間違っていないのか、考え込まざるを得ない。 私は、世の中に戦争を起こさせないために本を造っていくだろう。そして、それだけの覚悟を持って造…

葉々録 2026年3月—誤魔化さないこと〜量子力学を添えて

2026年3月 正直なところ、私は別にAmazonで本を買うことをそこまで忌避していない。そりゃあできることなら本屋で買いたい気持ちはあるが、新刊書店ですぐに手に入れられる本はそんなに多くない。売れ筋はまだ良いが、そんなに数を刷らない本や専門書は、1年…

撤退戦のなかで——いまの書店・出版についての雑感

小説らしき文章を書き始めたのが13年ほど前。ここ5、6年は小説よりも論考やエッセイ的な文章の方が多くなっているがともかく、この間、自分が書いたなかでもっとも手応えがあり、そして思い入れが大きいのが、「ソガイ」第5号に載せた「いま本を造るというこ…

葉々録 2026年2月—「人生を無視したロジックは——人の心には響かない」

2026年2月 月ごとの記録をつける際、2月というのは物理的に他の月より短くて不利(?)なのだが、今月はそれに輪をかけて仕事がいつもより忙しく、特に前半はぼーっとしている時間が多かった。そんなこんなで気がついてみれば世は内憂外患とでも言い表せそう…

余白と小ささ

『ユリイカ』2026年3月号は「特集=眠い」、副題は「なぜこんなにも眠いのか」であるらしい。文芸誌をはじめとした特集主義的な雑誌の組み方については思うところがあるが、ここまでくると、もう無理して特集を立てなくてもいいのではないか、と言いたくなる…

葉々録 2026年1月—短いような、長いような月

2026年1月 去年一年続けたこの「日記」だが、形として今年も続けてみようと思う。 とはいえ、去年のような熱量と濃度を保つのはちょっと厳しい。雑記、備忘録性を強め、少し肩の力を抜いてのんびりやっていくつもりだ。 私は文章を書くとき、毎回なにかしら…

「本」から少し離れて——2026年備忘録の前書き的なもの

つくづく、主に趣味として使用される「読書」の語は厄介なものだと思わされる。 読書や本を読むことを、趣味であり、自分の好きなこととして挙げる人は多い。しかし当然のことながら、そこで読まれている本は千差万別だ。 いま一旦、文字メインの本にその対…

2026年抱負

年末年始、去年のようにインフルエンザに罹ることはなんとか回避したものの、休み明け直前あたりから風邪をひいてしまった。やはり人生とはままならぬものである。 今回は、直接的には「本」とは関係なくなってしまうだろうが、2026年の抱負をあげつつ、いま…

読書日記的備忘録 2025年12月—「徒労」の一年

2025年12月 今月は珍しく、人と会うことが多かった。そのうちのほとんどが、自分から声をかけて予定を立てたものだった。 複数人で遊ぶことも好きだがそれと同等に一人で居ることも好む私は、日頃はそこまで積極的に声をかけることはないのだが、ある一定の…

筆まかせ21

12月13日 この投稿が目に入って、複雑な気分になった。 ☆お知らせ☆ (拡散希望)新潮社より版権を引き上げた私のデビュー作「縁を結うひと」(単行本発売時は「ハンサラン 愛する人びと)KADOKAWAより二次文庫として出版することが決まりました。発売日など詳細…

読書日記的備忘録 2025年11月—読み返す、読み直すということ

2025年11月 今月のハイライトは、23日の文学フリマ東京周りだ。 動きがかなり鈍くなっていた同人活動について久方ぶりに「まあまあ」とは言えるくらいの感触を得られたことにはじまり、大学時代の友人に誘われて参加した同人の創刊号が好調、そして8年目にし…

読書日記的備忘録 2025年10月—ムーブメントから少し離れて

2025年10月 今月は2つの本の組版に、そこに載せる文章の執筆と、自分比でなかなかに忙しい月だった。あまり本を読めないでいて気がつくと、もう月も半分を過ぎていて驚いた。 時間の進みがどんどん早くなる。いつの間にか首相も替わっているし、31歳になって…

読書日記的備忘録 2025年9月—本と言葉を巡る随想〜時間、生と死、郵便〜

2025年9月 先月、「本当は明るい話がしたい」と嘆いたばかりだが、世情から目を背けない限り、もはやこれは叶わぬ願いなのだろう。このような状況の中で(狭義の)政治的な主張を続ける人々の胆力は大したものだと感嘆する一方で、そこにどうしようもない不…

読書日記的備忘録2025年8月—新潮社問題から、二つの「解説」の比較へ〜「ヨイショ感想文」所感を添えて〜

2025年8月 新潮社が揺れている。 きっかけは『週刊新潮』7月31日号。髙山正之が20年以上続けるコラム「変見自在」にて「創氏改名2.0」と題し、主に朝鮮半島にルーツを持ち、日本で活躍している人々を名指しして、「日本も嫌い、日本人も嫌いは勝手だが、なら…

読書日記的備忘録2025年7月—「推し語り」とはなにか。それはそれとして、松田舞作品についての雑感

2025年7月 今月の関心事といえば、やはり参院選になってしまう。大躍進を遂げた参政党について、私はよくある泡沫政党のようにしか思えていなかったので、今回の選挙が始まる前あたりからの報道でここまで支持を集めていることを知って心底驚いたものだった…

「推し」感情についての雑感—三宅香帆の発言から考える

第173回芥川賞・直木賞は両賞とも「該当作なし」となった。これは1998年1月の第118回以来、6度目のことだという。この6という数字をどう見るかだが、個人的には、思いの外多いな、という印象だ。その第118回の候補作の作者に、今回の選考委員が3人もいるのも…

読書日記的備忘録2025年6月—戦争、歴史、そして終電

2025年6月 先月から続いていた喉の不調はようやく解消されてきた。3カ月ぶりに有給休暇も取ったし、1泊2日の軽いものではあるが茨城県水戸市に旅行にも行った。梅雨明け前のまだ6月とは思えないような暑さでぐったりしたり、目の前に落ちるオオスズメバチと…

筆まかせ20

6月15日 いまさらだが、豊﨑由美が1月17日にXにて、「安堂さんのその件はたしかに良くなかったと思っています。でも、だからといって『じゃあ安堂ホセの小説も読まないでキャンセルしてやる』という態度は不毛と思います。安堂さんに限らず、誰でも読まずに…

読書日記的備忘録 2025年5月—難しいものである。

2025年5月 久米田康治『かくしごと』(講談社)の主人公は週刊誌で連載をもつ漫画家だが、年末年始の休みになると決まって体調を崩すという。それまで気を張り続けていた反動で、無理やり押し込めていた心身の疲労が一気に押し寄せるが故の現象だ、そんな風…

読書日記的備忘録 2025年4月—エッセイ/批評の時代

2025年4月 人類の歴史に精通しているわけではないのでそれを専門とする人間からすれば浅い認識と言われるかもしれないが、実感として、現代ほど人間が自分のことを語り、それを公に広く発表することが日常になった時代はないであろう。 自分、そしてその生活…

読書日記的備忘録 2025年3月—読んでいる/読んでいないの間で

2025年3月 本を読むとは、かくも大変なことかと改めて思い知る。 いくつかやらねばならぬことが重なるともう本を手に取る気力は起きないし、なにもなかったらないで、もう少し軽く時間を潰せるものに手が伸びる。 読書をしない人々を見て嘆く読書家が見落と…

読書日記的備忘録 2025年2月—本・文学と覚悟について

2025年2月 芥川賞に関心を持たなくなって久しいが、相も変わらずSNSではこの時期になると、文学周りので「論争」が巻き起こっているようだ。 今回の受賞者のひとりである安堂ホセは、過去に『IRREVERSIBLE DAMAGE』(KADOKAWAが邦訳の刊行を予定していたがト…

読書日記的備忘録 2025年1月—遅れた初詣〜抑制とユーモア

2025年1月 年末にインフルエンザを発症し、数日間、床に臥しているといつの間にか年が明けていた。 当たり前のことであるが、元気がない時に本を読むのは難しい。辛いときには最低限のことしかできない。これは即ち、本というものは読まなくても死にはしない…

読書日記的備忘録 2024年12月—空白、物語、「好き」ということ

2024年12月 10月末、自分への30歳の誕生日プレゼントとしてiPadを買った。外で作業するための道具として考えていたのだが、いまのところはそれ以上に、Kindleで漫画を読むのに使っている。だいぶ前にKindle専用端末も買っていたのだが、頁のめくり方などがど…

荒木優太『文芸時評傑作選』書評

昨今、主に著名人に対するSNS等インターネット上での誹謗中傷が社会問題として盛んに議論されている。これが由々しき問題であることにはまったくの同意であるが、その一方、しかし——いや、それゆえにというべきかもしれないが——私が最近強く感じるのは、どこ…

神社、駄菓子、文学

2024年12月1日、日曜日。 朝7時に目が覚める。前日までの旅行の疲れはほとんど残っていなかった。昨日はホテルのベッドで、内容はよく憶えていないがなにやらとんでもない悪夢を見て、夜中の3時に一度、意識を覚醒させられた。その後も5時に目が開き、そのせ…

短篇作家愛好者の苦難——中村ゆうひ「変わり刃奇譚」から

私は小説に限らず、短篇というものが好きだ。漫画についても同様なのだが、長篇と比較したときの難点は、雑誌やWEB漫画サイトに掲載された作品が書籍化されず、読みたいと思ったときには容易には手に入らなくなっている可能性が高いことだ。なんとか雑誌のバ…

物事、とりわけ好きな/嫌いなことを論じる難しさ—『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』メモ

三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)は、社会人となってから本を読まなくなってしまったことにショックを受け、3年半後に本を読むために退職、現在は文芸評論家として活動している著者が日本の近代以降の労働史と読書史を並べて…