ソガイ

批評と創作を行う永久機関

宵野ノート

「日常」の記憶に生き続ける—金子直史『生きることばへ—余命宣告されたら何を読みますか?』

「余命宣告されたら何を読みますか?」 この副題に、私の目は止まった。もともとべつの本を買うつもりで書店に来ていたのだが、目当ての本の近くにささっていた金子直史『生きることばへ』(言視舎)を手に取って開く。「まえがき」の冒頭に、私は引き込まれ…

「第29回文学フリマ東京」感想

ソガイは、スペースを間借りして配布したフリーペーパーで1回、個人での出店が3回と、計4回の文学フリマ東京に参加している。文学フリマ東京は半年に一度開催されているから、毎回参加するとなると、結構大変なのだ。打ち上げの飲みの席で半年後の計画を…

鎌倉の細道—私の「かまくらブックフェスタ」日記

今日は学校が文化祭のために休みだった。お世話になっているひとが出店側で参加していて誘われてもいたこともあり、前々から気になっていた「かまくらブックフェスタ」に出かけてきた。うちから鎌倉は片道で2時間弱かかり、まあ全然行かれない距離ではない…

死者とともに生きる—「100分de名著」大江健三郎『燃えあがる緑の木』を観ながら思ったこと

初めて、ちゃんと腰を据えて「100分de名著」を観ている。2019年9月は大江健三郎の『燃えあがる緑の木』を取りあげている。大江健三郎は、実のところすこし苦手で、『死者の奢り・飼育』といった短篇はまだしも、『万延元年のフットボール』や『懐かしい年へ…

読んで、書いて、やり直して—「夢見る少女の観客であること〜『アイドルマスターミリオンライブ!』考察〜」の、遅ればせながらの「あとがき」

www.sogai.net 君にとって一番おもしろい文章ってなに? このように問われて、私の頭にはこれまで読んできた数多の作品が駆け巡った。思わず腕組みをして、天を仰ぐ。そのとき、ひとつの答えが降りてきた。 「自分が書いた文章かも」 口にしてから、なんて身…

きっとだれかには届くと思っているから僕は書いている。

小説家になりたい。そう思い立ったのは、ライトノベルばかりを貪るように読んでいた高校2年生くらいの頃だった。おもしろい物語に触れていると、やっぱり、自分でも書いてみたいと思ってしまうものだ。 しかし、自分には圧倒的に読書量が不足していた。楽し…

積んである本について話してみる

日々本を積んでいて、一冊読み終わるまでに三冊は手持ちの本が増えているような有様、積み本がなくなることは一生ないのではないか、と思わないでもない私であるが、ここで一度、自分がどのような本を積んでいるのか、確認してみるのもいいだろう。 ところで…

「先を行く先輩(ひと)」としての青春もの〜『響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜』を観て〜

出不精かつ優柔不断なところは、自分の悪いところだと思っている。平日に時間を作れる。これは学生という身分の特権といってもよく、どうして私は、この特権を学部生時代にもっと行使してこなかったのだろうか、と後悔ばかりが押し寄せてくる。それに、私が…

創元社版『春琴抄』(復刻版)を買って

新学期をむかえて体力的に厳しかったのか、学校から帰ってくると課題に着手して、その目処がつくと寝てしまう、そんな日々が続いていた。これを書いているいまも、正直かなり眠くて仕方ない。 先日、いつもの出張校正を早めに切り上げ、神保町に寄り道した。…

紙の本の余白

ただいま、絶賛編集作業中である。ソガイで冊子を作るのはこれで4回目。思い返すと、一号はふつうに両面に文章を印刷したものをホチキスで綴じた、モノクロのフリーペーパー、二号は、本文から表紙まで、すべてWordを使って無理やりなんとかした、手探り感…

島村利正を読んでみて

(…)昨日の晩は娘の友だちに頼まれて音楽と社会科の教科書にパラフィン紙をかけてたんですよと相好を崩す筧さんがいま私のためにあたらしくカバーをかけているのは、一九五七年に三笠書房から出た島村利正の短篇集『殘菊抄』だった。(…)函入りの『奈良登…

案外、感情って適当?

いまから三〇年以上も前、私もうつ病的な症状におちいった経験がある。(…)胃の具合も悪くなり、病院で診察してもらったところ、神経性胃炎とのことで胃薬と精神安定剤を処方された。すると一週間もしないうちに、それまでのうつ状態がウソのように拭い去ら…

ただの私的な宣言です。

忙しさを言い訳に、どうにも弛んでいる気がする。わざわざ宣言するようなことではないので滅多に言わないが、現在、私は大学院生だ。この4月から修士2年となり、予定では後期博士課程にダイレクトで進むつもりはないので、単位を落とさない限りは今年度で…