ソガイ

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ZINE紹介 『よくわかる出版流通の実務』『あの本屋のこんな本 本屋本書評集Ⅰ』

新刊はないし、仕事もあるしで、出店側としても客側としてもほとんど参加できなかった文学フリマ東京であるが、前情報から、これは絶対に欲しいと思っていた本があった。

H.A.B ZINE seriesから、『よくわかる出版流通の実務』と『あの本屋のこんな本 本屋本書評集Ⅰ』。予約注文していたその二冊が届いたので、すぐに読み始めた(発送完了後、ソガイの本も置いてもらっている本屋でも取り扱いがあったことに気づいた。だったらそちらで買えばよかったかなとも思ったが、直接買うのもそれはそれで良い)。

 

『よくわかる出版流通の実務』は、H.A.B店主の松井祐輔氏の著作。松井氏の複数の出版の現場での実務経験などを基に、「取次や出版社の営業部門に配属された人が、入社一年ほどの実務経験で自然に覚えるくらいの知識」を目安に書いたという、出版流通の技術書だ。概論や提言、「業界裏話」的な要素を極力排除して純粋な実務書を意図して書かれていることもあり、非常にすっきりした書になっている。

出版流通ということで、そのメインは取次の話だ。昨今もいろいろと取り沙汰されている出版取次だが、おそらく業界外の人にとってもっともよく分からないのがここではないだろうか。書店でアルバイトをしていたときにも経験があるが、書店が出版社から直接本を送ってもらっている、と考えている人は少なくない。

いや、それどころか、業界回りの人ですら、実のところあまりよく分かっていないかもしれない。たとえば総合取次と専門取次の違いや、そこでの取次間でのやり取り、トランスビューと専門取次の違いなど、知っているようでちゃんとは分かっていないのではないだろうか。これらの知識は、売り手はもちろん、読者もまた知っておいて損はない知識だ。

また、よく語られる「取次不要論」がある。私もかつてはそれにかなり賛同していたが、いろいろと勉強した今は、取次をなくせば出版流通が健全化するとか、そんな単純な話ではなさそうだと感じている。また、そのように言われるときの「取次」が、しばしばトーハンや日販のような総合取次しか指していないのではないか、とも感じるようになった。だとしたら、その議論は片手落ちだろう。

何事も、批判をするにはそれを褒めるときよりもずっと勉強しなければならない。「取次不要論」を語ろうとするのならば、最低限でも本書の知識ぐらいなくては話にならない。そして本書の巻末の「参考文献」は、さらに知識を深めていくために有用なガイドである。

また、「余談」として書かれている、「本は安すぎても書店で販売しづらい」や「直販売の送料と本の厚さ」などは、本を作り売っている人にとっても知っておいて損のない知識だ。これは商業出版を考えてはいない規模の同人出版であってもだ。

 

もう一冊の『あの本屋のこんな本 本屋本書評集Ⅰ』(雅子ユウ)は、書名そのまま、本屋について書かれた本の書評本だ。もっとも、ここでは狭義の本屋に限らず、取次などの流通関係について書かれた本も入っている。

少し中断しているが、私はいま、出版関係の本のブックリストを作っていることもあり、最初、先にやられた、とも思った。しかし当然のことだが本はたくさんあるのでそのすべてが被るはずもなく、むしろ構成面においても非常に参考になる本になった。本書で取りあげられている本は、新本はおろか、古本でも手に入れることがやや難しそうな本も少なくないが、いくつか強く興味を惹かれた本もあったので、機会があれば読んでみたい。

それにしても、仕方のないことではあるが、本について語られるとき、良くも悪くもその内容ばかりが取り沙汰されることが多いと感じる。例えば造本であったり、流通であったり、そして本書のような小売りの現場であったりに対する研究、評論も蓄積されなければ、紙の本を守るにしろ、新たな媒体に活路を見出すにしろ、本当の意味での出版の未来はないように感じる。私など、昨今の造本を見ていて暗澹たる気持ちになるのだが、そこに目を向けずただ中身たるテクストをずっと云々していても、空しいと感じる。

その点で、私が本書の著者の視点には非常に親近感を覚える。自分も、来年までには出版本リストを頒布できるよう、気持ちを新たにした。

 

※以下のURLでH.A.Bの出版物を見ることができる。通販ページもあるが、取り扱い書店も掲載されているこのページを先に参照してもらえればと考え、こちらを貼る。ここから通販ページにも飛べる。(閲覧日 2021/12/01)https://www.habookstore.com/%E5%87%BA%E7%89%88-publish/

 

(矢馬)