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読書するからだで書くということ―堀江敏幸『傍らにいた人』

 読書という行為は体験であり、すなわちそれは身体性が伴うものだと思っている。

 それは紙の本でも電子書籍でもいいのだが、どちらにしても、読書のなかには頁をめくる手の動き、文字を追う目の動き、手に掛かってくる重みがあって、それは読書という行為から切り離せない。とりわけ紙の本のときには、紙をなでる指の感触、手に掛かる本の重み、紙がこすれる音、積み重なる紙の厚み、なんてものも付随してくる。ある作品について思い出すとき、五感の記憶がいっしょになってよみがえってくる。得てしてそのような思い出され方をする作品の方が、たとえその内容がおぼろげになったとしても、とても強く印象に刻まれているものだ。

 

 堀江敏幸『傍らにいた人』(日本経済新聞出版社)は、2017年3月4日~2018年2月24日の日本経済新聞朝刊に、週に一本のペースで連載されていた文章をまとめたものだ。

 毎回、基本的にはひとつの作品を決めて論じていくのだが、その着眼点が、まず独創的だ。

 その方針は、トップを飾る「傍点のある風景――國木田独歩「忘れえぬ人々」」で示される。

国木田独歩 忘れえぬ人々 (青空文庫へのリンクです)

 その場にいたときには目の前をあっさり素通りして気にもとめていなかった人の姿が、なにかの拍子にふとよみがえってくることがある。(10頁)

 思い出されるまで、覚えているとすら思われなかった人たち。「思い出されてはじめて、なるほどその折の風景のなかに目立たない傍点が打たれていたのだと気づかされるような影たち」と「物語の頁の風景のなかで」何度も遭遇してきた、と語る堀江敏幸は、「たとえば春先の三月」、つまりちょうどこの文章が発表された時季に、この「忘れえぬ人々」が思い浮かぶ、という。

 国木田独歩の「忘れえぬ人々」は、ある宿で偶然出くわした無名の文学者である大津と画家の秋山が主な登場人物だ。

 

 大津はまさに、「忘れ得ぬ人々」という作品を書いていて、その話を秋山にする。その作品に描かれているのは、彼が旅の中で偶然目にしただけの、それこそ大津にとっては名前もないような人々。しかし、それが大津にとっては「忘れ得ぬ人々」なのだ、という。

 その2年後、視点は大津に向かう。その机上には「忘れ得ぬ人々」があった。

大津は独り机に向って瞑想に沈んでいた。机の上には二年前秋山に示した原稿と同じの「忘れ得ぬ人々」が置いてあって、その最後に書き加えてあったのは「亀屋の主人」であった。

「秋山」では無かった。(『武蔵野』188頁)

 

 話のなかで、「亀屋の主人」はそれほど出てこない人物だ。まさにこれが、「忘れ得ぬ(忘れえぬ)人々」を象徴している。

 なぜ忘れられないのが、あれだけ長時間語った秋山ではなくて、無口な主人だったのか。そこに文学的解釈、作者論的解釈も可能かもしれない。しかし、ここで解釈をせずにそのまま受け入れること。そして、堀江敏幸もまた、自らの読書経験のなかの「忘れえぬ人々」を思い浮かべる。この52の短い文章に一貫しているのは、そういった態度である。

 国木田独歩から始まったこの文章は、「忘れえぬ人々」の舞台の溝の口から多摩川と連想を広げて安岡章太郎「夕陽の河岸」へ、水、優秀なものの夭折つながりで、井伏鱒二「鯉」へ――そして小沼丹「搖り椅子」、庄野潤三「プールサイド小景」とに戦争の残り香を見て、終わる。こうしてゆるやかに作品から作品へとつながっていく。

 

 解釈をせずにそのままを受け入れる、と言ったが、これがけっしてただ受動的なものでないことが、ここからもわかるだろう。すべては、この文章の書き手、つまりここでは堀江敏幸というひとりの生身の人間の体験があって、初めて生まれうるものなのだ。たしかに、作品を解剖、腑分けするかのようなダイナミックさには欠けているかもしれない。それを「主観的な感想に過ぎない」と言うのなら、それもそうなのかもしれない。

 しかし、作品とはだれかに読まれて初めて作品となる。そうした経緯で生まれた作品を語るとき、そのだれかたる読者のからだを抜きにして、果たしてそれは可能なのだろうか。

 読書には身体的な体験が伴う、と言った。そしてその身体とは、たえず生まれ変わっているものでもある。ある小説を再読したとき、どうにもその感触に変化があるように思われるのは、読書と肉体が切っても切り離せない相関関係にあることを証明している。

 規模の大小を問わず、ひとつの文芸作品を読んで記憶の奥底に刻まれるのは、物語の筋とは一見かかわりのなさそうな細部である。(…)重要なのは、ほんの些細な事柄に対するまなざしが、読み手の心身のバランスをつかさどる五感と結びついているかどうかである。感覚に訴える話の細部は、読んだ時期や年齢によって有機物のように変化し、胸に刺さる部位も変わる。再読の楽しみと驚きはそこにこそあって、以前と異なる個所に惹かれている自分がいたとすれば、それだけでひとつの事件なのだ。(33頁)

 私はかつて、大江健三郎の小説を読んでいたときにどうしても読み進めることができないことがあった。元々、大江の文体があまり肌に合わないこともあるのだが(ここにも「肌」という肉体が)、それにつけても、読み進められない。なぜだろう。とにかく言い訳を考えていたときに、目は窓の外に向いた。季節は梅雨時、大雨が続いて昼でありながら、空は薄暗い。「あ、そうか」。私は思った。「湿度が高いときには大江の文章は湿っぽすぎるんだ」。

 もちろんこれは冗談半分ではある。ただ、まるっきりの見当違いとも言えないのかもしれないのは、大江の作品は汗だとか精液だとか、とにかくよく液体が出てくるのだ。それが、そのときの気候とは少し合わなかったのかもしれない。

 これも「読者の心身のバランスをつかさどる五感」とまったくの無関係ではなかろう。(ちなみに、以来大江健三郎の小説は『懐かしい年への手紙』しか読んでいない。これは大江健三郎のなかでは相当癖がなくて読みやすいものだと思われるから、比較して検討することができない。機会があれば、今度読んでみよう。)

 

 私のゆるやかに貫いている関心に「ジャンル」というものがある。柄谷行人ではないけれども、作品とジャンル、いったいどちらが先にあるものなのか、いまや断言することは難しい。たとえば、ひとは夏目漱石の作品を、純文学と大衆小説、どちらだと思っているのだろうか。もしかしたら、日頃あまり本を読まないひとにとっては、「文豪・夏目漱石」の作品は純文学だと感じられるかもしれないし、そのように読まれているかもしれない。しかし、漱石が活躍した時代には「純文学」「大衆小説」という名称はなかったと言ってもいい。だから漱石は、純文学を書こうとも、大衆小説を書こうとも思っていなかっただろう。

 あるいは、ジャンルありきの書かれ方、読まれ方ともあるだろう。「○○の書き方」といった指南本やサイトがたくさんあるが、この○○にはジャンル名が入ることも多い。

 これは書評とか批評とかエッセイとか、そういったものについても言えるだろう。私はこうしていま、「書評」と自分でとりあえず呼んでいるものを書いているけれど、文芸雑誌などに掲載されている書評を見てみると、どうも自分のは少し違う気がする。しかし、ジャンルを念頭に置きすぎると、自分の文章が妙に箱に押し込まれたものになってしまっている気がして、納得がいかないことが多い。

 では、この『傍らにいた人』はどうなのだろう。書評なのか評論なのか、はたまたエッセイなのか。

 しかし、このような問い自体が野暮なのだろう。堀江敏幸はそもそも、小説とエッセイを行き来するような文章の書き手であるし、自分のことを「小説家」とは言わない。とりあえずのところ「作家」というにとどまる。そんな、狭義のジャンルを無化してしまうような書き手なのだから。

 そして最近の私は、小説ともエッセイともつかないような作品に惹かれている。すべてを読んでいるのではないが、うそのことでないと面白くない、本当のことを嘘らしく書く、と言っていた谷崎潤一郎の『吉野葛』が気になっていることなどが、具体例としてあげられるかもしれない。とりわけ、歳を重ねてから私小説を書き始めたひとについて気になっている。まだしっかりとは読めていないが、森内俊夫や小川国夫、大城立裕などが気になっている。そういえば小沼丹にも私小説的な「大寺さんもの」があり、そのうちの一作が、『傍らにいた人』で取り上げられている。「大寺さんもの」は、小沼丹が相次いで妻と母を亡くしたことを契機にして、書かれ始めた一連の作品である。堀江敏幸の師でもある平岡篤頼の遺稿を集めた評論集『記号の霙』(太田出版)の副題は「井伏鱒二から小沼丹まで」だったりもする。『傍らにいた人』の三番目が井伏鱒二、後ろから二番目が小沼丹というのも、偶然の符合だろうか。また、『記号の霙』の解説は堀江敏幸である。

 また、これらの作家と同じ場所に並べていいのかわからないーーまあ私はべつに構わないと思っているのだが、自費出版のなかには、高齢の方の自伝が少なくないらしい。死が明確に見えたとき、ひとは自分について語りたくなるものなのだろうか。気になるところである。

 とにかくひとつ言えるのは、活字になっても言葉は語られるものであって、そのとき、語り手の身体性はやはり切り離せないのだろう、ということだ。

 

 ところで、いまぼちぼちと平出隆の散文を読んでいるのだが、そういえばどこかで、さっきちょっとだけ名前を借りた夏目漱石が出てきたような出てこなかったような。

 そう思って、平出隆の、隣家の猫とのふれあいを描いた『猫の客』の文庫版(河出文庫)を開いてみたら、あった。しかもその直前に線まで引いてあった。「文庫版にそえて」と付された、あとがきのようなところからだ。

 この書きものについては、ずいぶんいろいろな読者の方から、いろいろな感想や批評を頂戴した。小説評としてではなく、虚実双方にわたるものや虚実の境をくずしてのものも多かった。チビがしたように、静かに境をくずすことは私の期したところでもあった。夏目漱石の翻訳者でもある末次エリザベートさんのおかげで、国語の境まで越えてフランスの読者に迎えられたことは、思いがけない、大きな贈りものであった。(166頁)

 猫つながり、というわけではないが、夏目漱石『我輩は猫である』も響いてくる。あれも、文豪・夏目漱石の作品ということでがちがちの文学と思われている節もあるが、むしろ落語、講談的な軽快な面白さがあって、あるいはエンターテイメントではないか、と言えないこともないと思う。

『猫の客』はいちおう、平出隆の最初の小説ということになる。

  

 が、この『猫の客』も、小説第二作『鳥を探して』も、平出隆の小説はかなり作者の実体験が基になっている。しかし、だからなんだと言うのだろう。ひとりの読者として、小説が完全な虚構かどうかなんて、実はそれほど大事なことではないのではないか。

 谷崎は、芥川との論争のなかで、作者の実生活が基になっているかどうかなど、要素のひとつでしかない、と言っている。芥川も、作者の実生活を描いているかどうかによって芸術的価値は決まらない、と強く主張している。そして時代はさかのぼるが漱石もまた、ある作品、作家が浪漫派か自然派なのではなく、ひとつの作品にも浪漫派的要素と自然派的要素があって、あるのは比率の違いなのだ、と言っている。

 谷崎と芥川の「〈小説の筋〉論争」、とくに「「話」らしい話のない小説」という芥川の発言をしばしば取り上げている『傍らにいた人』についても、これを書評集とするのかエッセイと見るのか、だからそんなこと自体が野暮なのだ。いや、少なくとも私にとっては問題ではない。いい文章を読んだ。そんな感触が残る本だった。それだけで十分だったのかもしれない。

 小説の楽しみのひとつは、全体の流れや構造とは関係のない細部につまずくことにある。その箇所だけが頭にこびりついてまわりの濃度が薄まったり、残りを忘れてしまったり、つまずきの意外性と喜びはさまざまなあらわれ方をする。一行が独立した力をもって浮きあがってくる現場に出くわすのも解釈にとらわれない読書体験のうちであって、その印象が強烈だからこそ、出会いの原風景にいつでも戻ることができる。たとえばこの夏、何度か立ち返ったのは、「私は顔がねばねばする」という一文だ。(148頁)

 私はここで取り上げられている川端康成「骨拾い」を読んだことがあるが、この一節は記憶になかった。同じ『掌の小説』なら「日向」(これも取り上げられている)や「雨傘」「バッタと鈴虫」などが印象に残っている。同じ文章を読んでいるはずなのに、印象に残っている箇所がこれほどまでに違う。これもまた、読書の面白さと言えるだろう。

 ちなみに、私が『傍らにいた人』のなかでひとつ、印象に残っている些細な文章を挙げておく。

 日常から少し降りた旅先の時間のなかにいると、人は受け身の力を発揮する。心のこわばりが取れて、ものごとを否定的にではなく見られるようになるらしい。(241頁)

 中野重治「萩のもんかきや」についての本論に入るための導入の、まさに冒頭の一段落なのだが、これが妙に記憶に残っている。

 たぶんそれは、先日、私が初めてひとり旅をしたときに感じた、時間の流れが緩やかで心穏やかになった、午睡の夢のような一泊二日に体験した五感が、この短い文章によって呼び起こされたからなのかもしれない。

 その旅のなかで、私は川端康成『雪国』の空気を吸い込んだ。その土地は、越後湯沢である。

 

底本

国木田独歩『武蔵野』新潮社 2012年 94刷改版

平出隆『猫の客』河出書房新社 2009年

堀江敏幸『傍らにいた人』日本経済新聞出版社 2018年

 

 

(文責 宵野)