ソガイ

批評と創作を行う永久機関

書評

情報化社会の極限の可能性としての、野﨑まど『know』

野﨑まど作『know』(2013年 早川書房)は、人造の脳葉<電子葉>を人間の脳に移植することが義務化された、2081年の京都が舞台の作品である。 常に周囲の情報をモニタリングしている「情報素子」を散布された≪情報材≫がいたるところに設置されており、人間…

世界から見捨てられた人々、世界を見捨てる人々 『ファイト・クラブ』から見るテロリズム

テロリズム、あるいは個人かせいぜい数人の集団による無差別殺人は現代を特徴づける一つのキーワードかもしれない。これらの事象は国内に限らなければ、それこそ毎日のように発生し続けている。それらの原因は政治、経済、宗教、民族など様々な要素に分解さ…

人生の童話~『雪のひとひら』書評~

新装版が1冊と文庫が2冊、となぜか3冊持っている小説がある。(2冊目の文庫はちょっとした行き違いによるものだが。)ポール・ギャリコ『雪のひとひら』(矢川澄子訳)である。 題名通り、「雪のひとひら」と作品内で呼ばれる一片の雪の結晶を主人公とし…

遅読のすすめ~宮沢章夫『時間のかかる読書』を参考に~

どこを歩いていても書店を見つけては吸い込まれ、一時期は書店に勤めていた人間として感じるのは、相変わらず「速読」本は、ひとつのコーナーを作れるほどには店頭に並んでいる、ということだ。 なにを隠そう、私自身、高校生の頃だったと思うが、何冊かの速…

第26回文フリ東京及び『サブカルチャーと生存 第一次生存報告書』収録「滝本竜彦 『NHKにようこそ!』 読書会」についての感想

2018年5月6日に開催された第26回文フリ東京にソガイとして参加した。前回の文フリではフリーペーパーしか配布しなかったが、今回は定価500円で『ソガイvol.2 物語と労働』を販売した。今更だが、わざわざソガイのブースを訪れてくれた皆様に感謝。 50部刷っ…

文学は役に立つ 石原千秋『近代という教養 文学が背負った課題』書評

いちおう私はこういったブログを運営しているわけだが、正直な話、文学研究や批評の類の文章を読んでいても、よくわからないことが多い。それは、自分の頭が追いついていないせいだ、と思って後ろめたさのようなものを感じていた。いや、その意識自体はいま…

饒舌な感想『BAMBOO BLADE』

最近少し更新が滞っていましたので、リハビリではないけれども、軽めの感想記事を書いていきたいと思います。 『BAMBOO BLADE』(以下『バンブレ』)はやや古いかもしれないが、アニメ化もしたことがありますし、けっこう有名な作品なのではないでしょうか。…

梅崎春生『怠惰の美徳』をだらだら書評する。

文庫で三〇〇ページ程度のこの本には短編、エッセーが数多く収録されている。よって、一つ一つの文量は大したものではない。特に短い作品など二ページほどしかない。ちょっとした空き時間に、気楽に読み進められる本である。 「怠惰の美徳」*1という表題作か…

世界を旅する文学 第二回 朝鮮民主主義人民共和国 パンジ 『告発』

知られざる北朝鮮文学 第二回の舞台は朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮と呼称)である。北朝鮮に対する日本人の一般的な印象は、著しく悪いだろう。拉致問題、核ミサイル開発問題などを対外的に抱え、そのうえ内部では抑圧的な政治体制を敷いてるのだから…

『式の前日』感想

ストーリーテラーというのは、こういうものを生み出すことのできるひとのことを言うのだろうな、と思ったものだった。 このマンガがすごい!2013(オンナ編)の第2位にもランクインしたこの作品は、表題作の『式の前日』をはじめとした6編の短編からな…

世界を旅する文学 第一回 大韓民国 姜 英淑 『ライティングクラブ』

連載 世界を旅する文学とは この連載では旅をするように世界各国の文学作品を読んでいく。世界中の小説を読んでみたい。英、米、独、仏、露文学などの比較的日本でも読みやすい文学だけでなく。漠然と以前からこんな感情を抱いていたのが今回の企画のきっか…

書評『ベストセラーコード』にみるベストセラー小説の特徴

簡単な紹介 本書は一言で言えば、ベストセラー小説の特徴を統計的に分析したものである。 ベストセラー小説はニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリストから選ばれたものである。ちなみに、そのリストに入る作品の割合は0.5%に満たないと見られている。 …

『味噌汁でカンパイ!』感想

第一印象は、「おもしろそうだし、自分は好きだと思うけれど、果たしてネタが持つだろうか」という心配だった。あとは、「最近の漫画のなかでは、あまりにも地味で埋もれてはしまわないだろうか」。現在五巻まで出ていることを見れば、このふたつの懸念は杞…

『リウーを待ちながら』 コミックレビュー

簡単な紹介 本作は朱戸アオによる漫画であり、雑誌『イブニング』で2018年2月現在も連載されている。その内容を一言で説明すれば、現代日本のある市でペストが流行していく様子が描かれている。局地的なパンデミック漫画とも言える。 タイトルの由来 『リウ…

『それからはスープのことばかり考えて暮らした』書評

吉田篤弘の作品を読むのは、これが2冊目である。『つむじ風食堂の夜』(ちくま文庫)は、たしか2年前くらいに読んだ。現実とファンタジーのあいだのような雰囲気と、ほんわりとこころのあたたまる話が、非常に魅力的な作品だった。その後も、気になってい…

コミックレビュー『給食の時間です。』 視点移動によって思い込みが露わになること

簡単な紹介 『給食の時間です。』は飯田による給食を題材とした漫画作品である。小学生たちが給食を通じて互いに影響を与え、成長していく様子が描かれている。 本作はウェブコミック配信サイト『裏サンデー』や漫画アプリ『マンガワン』で掲載されていた。2…

小沼丹『藁屋根』書評

『藁屋根』(講談社文芸文庫 2017年12月)を書店で見つけ、頁をぱらっとめくってみると、「谷崎さん」の文字が目に入った。ほかにも「井伏さん」「広津さん」などの名前が出てきており、これは私小説的なものなのだろう、と思う。また、少し前に『村の…

書評『輸入学問の功罪――この翻訳わかりますか?』

逐語訳への妄執 『資本論』向坂訳を題材に 第一号の追加資本を成す剰余価値が、原資本の一部分による労働力の購入の結果だったかぎりでは、すなわち、商品交換の諸法則に一致する購買、また法律的に見れば、労働者の側においては彼自身の能力にたいする自由…

『フラッガーの方程式』感想

浅倉秋成を、私はなんて評すればいいのだろう。『ノワール・レヴナント』で第十三回講談社BOX新人賞Powers を受賞してデビューした浅倉秋成は、同じく第十三回講談社BOX新人賞Powers の応募作を加筆修正した『フラッガーの方程式』、三年ぶりの新刊となった…

「宵野春琴伝」~『春琴抄』所感~

その回数をしっかりと数えたことはないが、私がいままで一番多く再読した小説作品は、おそらく谷崎潤一郎の『春琴抄』である。 私のことを知っているひとからはしばしば驚かれるのだが、私の谷崎との付き合いは、時間からすればわりと浅い。大学には入って初…

たまにはこんなコミックレビュー HERO『雨水リンダ』

おそらく最近では、『ホリミヤ』の原作『堀さんと宮村くん』のひととして有名であるHEROだが、私とHEROの出会い、というか付き合いは、現在単行本として第9巻まで出ている『HERO個人作品集』が主である。このひとの作品、きみに合っていると思うよ、と友人…

書評 ジョン・アーヴィング『ピギー・スニードを救う話』

異端者 ジョン・アーヴィング 著者ジョン・アーヴィングは現代アメリカ文学の旗手である。『熊を放つ』、『ガープの世界』、『サイダーハウス・ルール』など日本でも有名な作品が多数ある。ちなみに『熊を放つ』 (中公文庫) の翻訳者は村上春樹である。アー…

書評 『内側から見たテレビ やらせ・捏造・情報操作の構造』 水島宏明

内側からのテレビ批判 この本は凡百のマスコミ批判本、マスコミを批判する言説と、少々趣が異なる。著者の水島がテレビの内側の人間、テレビマンを経験しているからである。水島の経歴は以下の様なものだ。 1957年北海道生まれ。東京大学法学部卒業。札幌テ…

書評 申 東赫『収容所で生まれた僕は愛を知らない』

まるで小説のような書名であるが、本書はノンフィクションである。朝鮮民主主義人民共和国*1の収容所に生まれた著者が自身の過酷な半生を綴ったものだ。著者は一九八二年生まれで二〇〇五年に中国に脱北した。 引用は、全て同書からである。 政治犯収容所完…

書評 ケン・リュウ 紙の動物園

今回の書評で扱うのは『ケン・リュウ傑作短編集1 紙の動物園』である。長々しくなるのでタイトルでは省略した。元々『紙の動物園』という題名で出版された一冊の短編集を二冊に分冊したものだ。七つの短編が収録されている。 作者紹介 ケン・リュウは中華人…

『志賀直哉随筆集』書評

『志賀直哉随筆集』書評 言わずと知れた「小説の神様」志賀直哉。しかし、志賀直哉の小説は一見した印象ほど、わかりやすいものではない。私小説だったり、心境小説だったり、そう評されることも多い志賀直哉は、反自然主義から出発している。たとえば晩年の…

『茄子の輝き』書評

滝口悠生『茄子の輝き』書評 初めての八重洲ブックセンターで浮かれていなければ、もしかしたらこの本を私は手に取っていなかったかもしれない。 というのも、芥川賞を受賞した『死んでいない者』の良さが、あまりよくわからなかった。大きな事件も極端に現…

書評『炸裂志』 閻連科 後編

文責 雲葉零 神実主義とは何か 本作では一種の超現実的な描写方法が取られている。例えば、孔明亮が出世の書類をかざしただけで枯れていた花がまた咲き始める。作者をこの手法を神実主義と名付ける。『炸裂志』に収録されている『神実主義とはなにか-外国版…

書評『炸裂志』 閻連科 前編

文責 雲葉零 閻連科の紹介 村上春樹に返信を送った中国人作家 時は2012年、尖閣諸島問題で日中が激しく対立していた時期に村上春樹は『魂の行き来する道筋』というエッセーを発表した*1。当時、中国の書店から村上を始めとする日本人作家の本が撤去されると…

書評『鏡の中を数える』プラープダー・ユン 後編

『オタッキーな家族』 オタクという言葉よりもむしろ、それぞれが奇癖を抱えている家族といったほうが分かりやすいだろう。少なくとも、彼らはアニメ、漫画、アイドル、鉄道などのよくいるオタクではない。 そこで、家族構成と彼らの奇癖を紹介する。 カーン…