ソガイ

批評と創作を行う永久機関

思考の断片 2017年7月~8月 雲葉

 書評 ウティット・ヘーマムーン『旧友の呼び声』(あるいは、一つの到着点)

 旧友から主人公にかかってきた四回の電話を描いている。主人公と旧友は、一〇年以上前に芸術系の学校で親友だったが、それ以来連絡を取っていなかった。

 四回目の電話から描写されているので時系列は逆だ。旧友の用件は学生時代の仲間とアトリエに一緒に住むという、学生時代の約束を実行することだった。しかし子供が生まれる主人公は乗り気ではない。また電話は深夜にかかってくるし、旧友は精神的に不安定で主人公はうんざりしてくる。

  最後に主人公は、旧友からの一回目の電話を心の底から喜んでいたということが明かされる。

 感想 昔入っていた文芸サークルを思い出した。怒った主人公が旧友に十年経ったのに他に友達できなかったのかよ、みたいなことを言ってるのが悲しい。

 本作は『現代タイのポストモダン短編集』(2012)に収録されている。同著は以下のリンクから無料で読むことが出来る。

現代タイのポストモダン短編集|アジアの現代文芸の翻訳出版|翻訳出版|事業紹介 | 公益財団法人大同生命国際文化基金

(7月30日)

 

チャック・パラニューク『ファイト・クラブ2』

 実はファイトクラブ2が出版されているが、邦訳の見込みが無いのが悲しい。参考に強烈な場面を一枚だけ121ページから引用する。ちなみにThe world is my oyster(世界は思いのまま)の元ネタはシェイクスピア。

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 ファイト・クラブの池田真紀子の翻訳が非常にいいので、彼女が訳してくれることを夢想している。 

出典はChuck Palahniuk 『Fight Club 2』(2016,Kindle版) より。

(8月16日)

ミシェル・ウェルベック『服従』

 ミシェル・ウェルベック『服従』の読書会を本日行った。以下、紹介と感想を述べていく。本作の語り手であるフランソワは大学教授を努めている。専門はフランスの作家であるユイスマンスだ。語り手は退廃的、厭世的であり、この点で、ユイスマンスの『さかしま』の主人公と共通点がある。

 またフランソワはかなりの皮肉屋でもある。例えば、彼は以下のように文学研究を評する。(P15)

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 そんな語り手の目を通して、フランスにイスラーム政権が誕生するさまが描かれていく。ここで注目すべきなのは、多少の混乱がありながらもフランス人達がその状況に服従(まさしく題名の通り)していくことである。例えば、語り手を始めとする大学教員達はムスリムへの改宗を迫られる。 

 当然、彼らは戸惑う。だが、高給と複数のムスリムの女性をあてがわれ、次々と改宗を受け入れ始める。語り手の同僚の、恐らく童貞の変人タイプの学者がムスリムの女性と結婚する様子は滑稽である。語り手は思わず、同僚にこう質問したほどだ。
「結婚? 女性とですか?」 (P302)

  その一方では、大学から女性教員が追放されている。これはグロテスクな光景だが、ある意味でユートピアである。変人の学者は、イスラーム政権が誕生しなかったら決して結婚することはなかっただろう。そして、彼いわく、結婚生活もうまく行っていると言う。実に微笑ましい光景ではないか。

 フランスにイスラーム政権が誕生するという筋書きもあって、『服従』は極めて政治的な小説と見なされている。それは正しいが、その面でだけこの作品を捉えるのは片手落ちだろう。ムスリムへの改宗を受け入れた時、語り手は自分の知的生命が終わったと感じる。

 本作を通して、描かれているのは知識や教養の無力さである例えば、フランソワは研究対象であるユイスマンスを真似て、キリスト教に深く帰依しようと試みる。しかし、煙草を吸いたいという極めて肉体的な欲求の前に、その試みはあっけなく失敗する。

 代わりに彼は金銭や性欲、食欲の解消(どちらもムスリムの女性が提供する)を求めてムスリムに改宗することを選んだ。あるいはP324の解説で佐藤優はこう指摘する。自己同一性を保つにあたって、イスラーム教の超越神と比べて知識や教養は脆いと。

出典 『服従』ミシェル・ウェルベック 訳 大塚桃(2017) 河出書房新社

チャールズ・ブコウスキー『死をポケットに入れて』

 『死をポケットに入れて』でブコウスキーが一度も仕事に就いたことがない、売れない詩人にどうやって生活しているのかと尋ねる場面がある。詩人ははぐらかすがブコウスキーは問い詰める。結局、親の不動産収入で暮らしていることが明らかになる。また、他の詩人たちも似たようなものだった。

 他にも働いていると嘘をつく、地主の共産党員の詩人なども出てきて、とてもユーモラスに描かれている。だが、もっと面白いのは彼らを揶揄するブコウスキーもまともに働いている様子はないことだ。もっとも真面目に働けというよりも苦労しろと言いたいのだろうが。

出典 チャールズ・ブコウスキー『死をポケットに入れて』(2016)中川五郎 訳 河出書房新社>

(8月26日)

『未来世紀ブラジル』とテロ

 『未来世紀ブラジル』というカルト映画がある。テリー・ギリアムによって、ディストピアがユーモラスに描かれている。私は特に頻発するテロとそれに対する人々の反応の描写が印象に残った。

 テロに対する作中人物たちの反応は総じて鈍感だ。例えば、主人公はレストランで爆弾テロに遭遇する。驚きはするものの、彼はそのまま食事を続ける。まるで、テロなど大したことではないように。

 テロが頻発する現在の状況がこの映画に近づきつつあるという見方はたしかに正しい。西ヨーロッパで起きている数々のテロを全て正確に把握している人間がどれだけいるだろうか?私自身、テロが起きたと聞いてもあまり驚かなくなっている。

 しかし、テロから離れてもう少し広い視野で考えてみよう。つまり、現在の我々が様々な異常なことに慣れきっているのではないかということだ。例えば、交通事故死はどうだろう。一年で四千人余りが死んでいる。仮になんらかの新発明で、年間四千人の死者が出たら大変なニュースになるだろう。

 交通事故と違ってテロの日常化が意識されるのは、現在が過渡期であるからに違いない。もしテロの頻発が五十年続いたらどうだろう。きっとテロが少なかった昔を振り返る老人に、若者はこんな言葉を投げかける。『テロが毎月起きるなんて、当たり前だろ。爺さんボケてるのか』

 そしてここで重要なのは老人=現代の我々にとって、若者の発言は異常に思えるが若者にとっては老人=我々こそが異常に思えるということだ。現代の我々が交通事故が少なかったモータリーゼーション以前の生活に戻ることが考えられないように。

(8月27日)

太陽を盗んだ男と『北朝鮮』

 『太陽を盗んだ男』公開1979年当時の核保有国は、米英ソ仏中、インド、南ア連邦、イスラエル。現在では南アフリカが核放棄した一方、パキスタンと北朝鮮が加わっている。なので、現在の9番は北朝鮮だということにふと気がついた。

 『太陽を盗んだ男』は理科教師が原爆を製造して政府を脅すという内容の映画。荒唐無稽なあらすじと描写、無意味な生、激しいアクションシーンなどがごった煮になって、強烈な印象を残す。また、作中で主人公は野球の打順とかけて9番目の核保有者であることを宣言する。

(8月29日)

 

 以上の文章は

ソガイ (@oy6528096) | Twitter

に投稿した文章を転載したものである。ただし、誤字訂正や出典の関係で多少手を加えている。