www.sogai.net 小さい数字の球からポケットに入れていくのが面倒になり、とにかく台に乗っている球を弾き飛ばすことだけに熱中する姉は、台に顔を近づけ、手玉を挟んで、いま、もっとも当てやすい九番をまっすぐにらみ、ぎこちない動きでキューを前後させな…

www.sogai.net 三ゲーム目も終盤になると、さすがに疲労の色が隠せない。ある程度は指にかかった、腕の力と遠心力とが伝達した球を投げられるようになっていたはずだったのだが、いまや、振りかぶって振り子の最下点までいくと、そこで球はがたん、とほとん…

ひとは、どこを見て過ごしているのだろうか。 数年前、とは言っても、もう零よりは十に近い年数が経っているが、精神に不調をきたして外に出られなくなったときのリハビリとしてはじめた散歩が癖になって、意味もなく一駅とか二駅とか、それくらいの距離を歩…

www.sogai.net そんな昔の話、よく覚えているね、笠松くん。空になったジョッキを手持ち無沙汰にもてあそぶ裕里は、少なくとも表面上はいつもと変わらない調子で言った。幸人は枝豆をつまみながら、まさかこんな話をすることになるとはなあ、とこぼした。こ…

www.sogai.net 彼女の知識欲に驚かされ、そして振り回された経験は、一度や二度では済まない。鞄のなかは常にジャンルも内容もばらばらななんらかの書物がつまっているし、運動はそれほど得意ではないのに、突然、野球をやる、とバッティングセンターで一五…

www.sogai.net 姉が例の宣言をした日の深夜。自室で眠っていた幸人は、右耳にささやかれる自分の名前で起こされた。姉さん？ 目を開ける前に反射的にその声の主を呼ぶと、暗闇のなかから姉の顔の輪郭が浮かび上がってきた。姉は見つめるだけでなにもいわない…

三年前、校舎最上階の四階の音楽室にはふたりの卒業生がいた。そのうちのひとりである少女は、窓に背中を預け、顔だけを外に向けている。眼下には、緑、赤のパステルカラーの校庭。手には卒業証書が丸め込まれた黒い筒、腕には花束を抱えた卒業生、それを見…