ソガイ

批評と創作を行う永久機関

両津勘吉は原爆を欲しがるか?

 ジャンプが創刊50周年を記念して一部アニメを無料公開している。そこで偶然、この動画を目にした。

www.youtube.com

 こち亀、第204話 「視聴率を盗んだ男」である。

 タイトルを見た瞬間に気づいた。これって『太陽を盗んだ男』が元ネタなんじゃないか? と。

 知らない方も多いだろうから説明すると、『太陽を盗んだ男』とは1979年公開の映画である。沢田研二が演じる理科教師、城戸が原爆を製造して政府を脅すという内容の荒唐無稽なあらすじが特徴でカルト映画として名高い。ちなみに城戸は原子力を「太陽のように強大で美しい力」と評しており、題名の太陽とは原子力、ひいては彼が原発から原爆の材料として盗んだプルトニウムの比喩である。

 さて、「視聴率を盗んだ男」のあらすじは両さんが不正に視聴率操作をするというものである。つまり題名通り、視聴率を盗むわけだ。両さんはその視聴率をテレビ局のプロデューサーに売りつけ、金を稼ごうとする。そして最後には両さんの悪事がばれるおきまりの展開となっている。

 ちなみに原作は単行本80巻3話に収録されている「両津リサーチ会社の巻」である。

 原作だけでなく、アニメ版も私は随分前に見たことがあったが、その時には『太陽を盗んだ男』のパロディであるとは少しも気づかなかった。同じ作品を二度、三度と見ると作品の新しい見方、解釈を発見することがしばしばある。意図せずしてそれを果たし、嬉しい気分になった私はこの記事を書いた。

 意識して見ると、「視聴率を盗んだ男」には題名以外にもパロディ要素があるのではないかとさらに気づく。

 この話で両さんはプロデューサーにしばしば電話で連絡を取る。視聴率操作を予告したり、裏番組の視聴率を上げると脅して、買い取りの交渉をするのだ。

 前述したとおり、『太陽を盗んだ男』で原爆を作った城戸は政府を脅迫する。と言っても、顔を出す訳にはいかない。そこで彼は固定電話を使って交渉し、警察は逆探知で居所を探し出そうとする。つまり、電話が重要な小道具の一つとなっている。時代を感じさせる設定だ。今時だったらITを使った匿名技術あたりを出すだろう。

 原作にも電話の場面は出てくるが、アニメ版では「また会おう明智くん」*1というセリフがなくなっている。原作のセリフは江戸川乱歩作品に登場する怪人二十面相や明智小五郎のパロディだから、二つのパロディが混在するのを避けたのかもしれない。

 また、城戸は当初女装して公衆電話から脅迫していたので女言葉を使っていた。二度目に両さんが電話をかける際の口調はこれとやや似ている。

 まあ、題名のパロディは確実であるが他は考え過ぎなのかもしれない。といっても、別に災害時に流す悪質なデマとは違う。見当外れな考察をしても誰の迷惑になるわけでもない。そこで、さらに風呂敷を広げてみたい。

 

 「視聴率を盗んだ男」における両さんの根本的な目的は金を稼ぐことだ。明確である。この話に限らず両さんは金が大好きで良く悪事を働く。一方で城戸の目的ははっきりとしない。というより存在しないと言ったほうがいい。

 テレビのプロ野球中継を最後まで流すこと*2を要求したり、ローリング・ストーンズ来日公演の実現を要求したりするが、どちらも冗談じみている。

 実際に城戸は、ラジオ番組に電話をかけて以下のように内心を吐露している。原爆を持っているので、何でもできるが何がしたいか分からないと。ちなみに、ストーンズ来日公演はそのラジオ番組の司会者が提案したものに過ぎない。

 終盤で一応現金を要求するが、これはサラ金から借金返済を迫られたことによる場当たり的な行動だった。ここで、現金を要求された交渉相手である刑事の反応は面白い。

「ほう、やっと本音を吐いてくれたようだな」

 刑事はこれまでの二つの要求、プロ野球中継延長とストーンズ来日を本心からのものとは考えていなかったわけである。しかし、現金要求もまた城戸の本音とはいい難い。それなら真っ先に要求するだろう。

 だいたい、金を得るために原爆を作るというのは手段が大掛かりすぎる。逮捕されるリスクは強盗や詐欺の比ではないし、製造が発覚すれば国際機関や外国政府すら動くだろう。城戸の脅迫に直面した政府関係者は周囲にこう指摘する。

「どんな個人にとってもこんなものを作る必要性はない。原爆を必要とするのは国家だけです」

 刑事にとって、あるいは殆どの人間にとって金目的の犯行というのは理解しやすいものだ。いかに残忍な手段を取るにせよ、目的自体は理解できる。目的に対する手段が悪いと思うだけである。そして、理解不能なものよりも理解可能なもののほうがずっと対処しやすいし、怖くもないのである。

 だから両さんの悪事*3は、社会良識に反していても笑えるギャグになるのだ。それはある意味で理解可能な行動だからだ。城戸の行動が不条理であり、不気味であるのと対象的なように。だから両さんは原爆を作って政府を脅迫などはしないのである。

*1:秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所 80』(2018)Kindle版 60ページ 集英社

*2:そういえば、最近では中継自体が少ない。

*3:両さんが悪事を働く主な目的として他にはエロが挙げられるがこれもまた理解しやすいものだろう。