ソガイ

批評と創作を行う永久機関

2019-01-01から1年間の記事一覧

「ナイン・ボウリング」4(宵野過去作)

www.sogai.net そんな昔の話、よく覚えているね、笠松くん。空になったジョッキを手持ち無沙汰にもてあそぶ裕里は、少なくとも表面上はいつもと変わらない調子で言った。幸人は枝豆をつまみながら、まさかこんな話をすることになるとはなあ、とこぼした。こ…

「ナイン・ボウリング」3(宵野過去作)

www.sogai.net 彼女の知識欲に驚かされ、そして振り回された経験は、一度や二度では済まない。鞄のなかは常にジャンルも内容もばらばらななんらかの書物がつまっているし、運動はそれほど得意ではないのに、突然、野球をやる、とバッティングセンターで一五…

「ナイン・ボウリング」2(宵野過去作)

www.sogai.net 姉が例の宣言をした日の深夜。自室で眠っていた幸人は、右耳にささやかれる自分の名前で起こされた。姉さん? 目を開ける前に反射的にその声の主を呼ぶと、暗闇のなかから姉の顔の輪郭が浮かび上がってきた。姉は見つめるだけでなにもいわない…

「ナイン・ボウリング」1(宵野過去作)

三年前、校舎最上階の四階の音楽室にはふたりの卒業生がいた。そのうちのひとりである少女は、窓に背中を預け、顔だけを外に向けている。眼下には、緑、赤のパステルカラーの校庭。手には卒業証書が丸め込まれた黒い筒、腕には花束を抱えた卒業生、それを見…

「優しい海」3(宵野過去作)

www.sogai.net 量は変わらないはずなのに、荷物を詰め込むのに難儀したスーツケースを引きずって、昼下がりの道を歩く。あの日、海に飛び込んだときと同じ格好をした彼女は、左耳に波の音を聴きながら、少女の生い立ちを考えようとして、やめた。たとえばい…

「優しい海」2(宵野過去作)

www.sogai.net そこに、やはり少女はまったく同じ場所、まったく同じ格好で座っていた。 「久しぶりね」 顔を向けた少女は、相変わらずの気だるい表情で、夕日の光に目を細めている。 「今日はちょっと、雲、かかっちゃってる」 「でも、これはこれで、きれ…

「優しい海」1(宵野過去作)

優しい海 飛び込んだ海のぬるさは、彼女の心臓を止めてはくれなかった。穏やかな波に揺られながら、口を開けて、降りそそぐ太陽の光を眺めていた。あきれるくらいに鮮やかな水色の空を、活気に満ちあふれた入道雲が縁取る。いままでの人生で最も美しい景色を…

「空気」に抵抗する言葉を求めてー宇佐見英治『言葉の木蔭 詩から、詩へ』

この本に出会うまで、宇佐見英治の名前を知らなかった。宇佐見英治著、堀江敏幸編『言葉の木蔭 詩から、詩へ』(港の人、2018年3月)。 著者略歴によると宇佐見英治は、「1918年、大阪に生まれる。詩人、文筆家。『同時代』同人として活躍、美術評論や翻訳も…

第28回文学フリマ東京に出店します(試し読みあり)

前回に引き続き、文フリ東京に出店します。 bunfree.net c.bunfree.net ブース番号はカ-13、ジャンルは文芸批評になります。開始時間の十一時から終了の一七時までブースを開いている予定なのでお好きな時にお越しください。 ソガイの出品一覧 ブースで販売…

「先を行く先輩(ひと)」としての青春もの〜『響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜』を観て〜

出不精かつ優柔不断なところは、自分の悪いところだと思っている。平日に時間を作れる。これは学生という身分の特権といってもよく、どうして私は、この特権を学部生時代にもっと行使してこなかったのだろうか、と後悔ばかりが押し寄せてくる。それに、私が…

創元社版『春琴抄』(復刻版)を買って

新学期をむかえて体力的に厳しかったのか、学校から帰ってくると課題に着手して、その目処がつくと寝てしまう、そんな日々が続いていた。これを書いているいまも、正直かなり眠くて仕方ない。 先日、いつもの出張校正を早めに切り上げ、神保町に寄り道した。…

紙の本の余白

ただいま、絶賛編集作業中である。ソガイで冊子を作るのはこれで4回目。思い返すと、一号はふつうに両面に文章を印刷したものをホチキスで綴じた、モノクロのフリーペーパー、二号は、本文から表紙まで、すべてWordを使って無理やりなんとかした、手探り感…

島村利正を読んでみて

(…)昨日の晩は娘の友だちに頼まれて音楽と社会科の教科書にパラフィン紙をかけてたんですよと相好を崩す筧さんがいま私のためにあたらしくカバーをかけているのは、一九五七年に三笠書房から出た島村利正の短篇集『殘菊抄』だった。(…)函入りの『奈良登…

案外、感情って適当?

いまから三〇年以上も前、私もうつ病的な症状におちいった経験がある。(…)胃の具合も悪くなり、病院で診察してもらったところ、神経性胃炎とのことで胃薬と精神安定剤を処方された。すると一週間もしないうちに、それまでのうつ状態がウソのように拭い去ら…

ただの私的な宣言です。

忙しさを言い訳に、どうにも弛んでいる気がする。わざわざ宣言するようなことではないので滅多に言わないが、現在、私は大学院生だ。この4月から修士2年となり、予定では後期博士課程にダイレクトで進むつもりはないので、単位を落とさない限りは今年度で…

迷いながら書く―小川国夫を読みながら感じたこと

先年、日本近代文学館に初めて行ってきた。「没後十年 小川国夫展―はじめに言葉/光ありき―」を観に行くためだ。私は最近、小川国夫という作家に興味を持ち始めた。そんな折にTwitterをのぞいていたら、まさに渡りに船、こんな展示が催されていることを知っ…

ただ「一つ」を求めて~森内俊雄『道の向こうの道』からの道~

小さいころ、私はけっしてからだが強い方ではなかったらしい。お風呂に入ると肌はすぐに真っ赤になるし、しょっちゅうお腹の調子を崩しては寝込む。定期的に鼻血は出すし、水疱瘡にもおたふく風邪にもしっかりかかった。 中学生、高校生となるにつれて、だん…

選択と自由について考えたこと SchoolDaysを手掛かりに

「嫌ならやめればいいじゃないか」 というような言葉を発した、あるいは聞いた経験がある方は多いのではないか。例えば、酒場でサラリーマンが会社の愚痴を知人に言ったときに。あるいは、喫茶店で友人から恋人の愚痴を聞かされた時に。確かに、ある会社に勤…

もはや私小説―秋山駿『人生の検証』

この本が、Kindleで432円で読めるということに、驚きをおぼえずにはいられなかった。良い時代になったものだ、とこんなところで感じることになるとは、思いもよらなかった。 秋山駿『人生の検証』(新潮社)は、ちょうど平成に元号が変わったあたりに発表さ…